2016年12月19日
『負の世界で勁く生きる女性像 大原富江文学館を訪ねて』
もうすぐクリスマス。我が家の玄関にはサンタがアマゾンで買った1メートル60センチのサンドバッグの箱がそびえ立っていますが、もらう本人はクリスマス前に来るなんて思ってもないのでまるで気がついてません。いつサンタの招待に気がつくかな…そして新婦人しんぶんは今週が1月1日合併号で今年はこれが最後です。来年もよろしくお願いします。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆1月1日号
『負の世界で勁く生きる女性像 大原富江文学館を訪ねて』
負の人生を生きた女性の生涯を描くことにこだわり、重厚な筆致で独特な文学世界を展開してきた大原富江(1912~2000年)。新婦人中央本部は1970年代の新婦人しんぶんの連載小説『めぐりあい』の自筆原稿を、このほど高知県本山町の大原富江文学館に寄贈しました。同館を、町の元職員で自治労連副中央執行委員長、新婦人会員の松繁美和さんが訪ねました。
大原富江文が生まれ育った本山町は、吉野川の上流域にあり、面積の9割を森林が占め、人口約3500人の町です。本山町立大原富江文学館は小春空に映える白亜の洋館、旧本山簡易裁判所を改修したモダンな洋風建築です。富江の文学を後世に伝えようと町が1991年に開館。遺品の多くが寄贈され、生涯の歩みと作品をたどることができます。
『婉という女』(1960年)は当時の文学界に衝撃を与え、映画化され何ヵ国語にも翻訳されました。実在の人物をモデルに、土佐藩の家老であった野中兼山が失脚し、遺族の幽閉が40年にも及ぶなか、四女の婉が体の中に潜む女の性と確執をへて自立していく姿が描かれています。この作品の常設コーナーでは、兼山が県下各地で成し遂げた偉大な土木事業と、幽閉された宿毛の地などを紹介。若き日の富江が、高知県立文学館に所蔵された婉の自筆の手紙を書き写すなど、何年もかけ執念をもって調べ上げたことが伝わります。
土佐の女性をモデルにした『於雪―土佐一条家の崩壊』(1970年)をはじめ、和泉式部や女性歌人の生涯を描いた小説などを相次いで発表。その作品は徹底した取材で事実に基づいたものが多く、自身が若くして結核を患い、10年近い療養生活を余儀なくされたことや出征する男性との失恋など、自伝的な要素が含まれています。病身のまま、太平洋戦争が始まろうとするなか、29歳で単身上京を決意。「書くことは生きること」との言葉を残していますが、自分の負の部分に対する決別として、「書くこと」によって自分の将来を見出そうとしたのではないかと思います。
『めぐりあい』(新婦人しんぶん連載時の「邂逅」を改題)は、大原富江全集(全8巻・小沢書店)には未収録ですが最下層に生きる女性への関心が貫かれた力作です。B級戦犯として巣鴨プリズンに留置された元日本軍少尉と、看護婦の資格が取れるとだまされて南方まで連れて行かれた旧日本軍慰安婦、貧しさから子どもの頃より身売りされた女性などをめぐり、戦後10年頃の状況が描かれています。戦争に翻弄される貧困層の惨めさと、戦争責任がどこにあるのかを問う内容で、「戦争法」が成立した今に通じるものがあります。
新婦人が寄贈した生原稿に、同館職員の大石美香さんは「よい状態で保存されており、本当にありがたい」と述べ、大原富江の作品に貫かれているのは「負の世界で勁く生きる女性の姿であり、人間の功徳が書かれている」と。本山町教育長の澤田和久さんは「貴重な資料を寄贈いただいた。今後、公開するなど活用方法を検討していく」と話されました。
87歳で同郷の牧野富太郎の生涯を描いた『草を褥に』(2000年に雑誌連載)が絶筆に。ひたむきに書き続けた人生の奥深くに、ふるさとへの思いがあったことが作品からうかがえます。登場人物の言葉をかすかな訛りの残る土佐弁にするなど。全集に収録された「新婦人しんぶん」に書いた随想にも、幼いころ過ごした故郷の自然を思い起こしたものがあります。
敷地内に設置された茶席「安履庵」は町民にも開放され、開館と同時に創設された文学賞「大原富江賞」には、県出身者をふくめてこれまで7000作品を超える応募があり、文学に対する思いは受け継がれているようです。大原文学をもっとたくさんの人に、とりわけ「生きること」「自立」に向き合う女性たちにこそふれてほしいとの思いをつよくしました。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆1月1日号
『負の世界で勁く生きる女性像 大原富江文学館を訪ねて』
負の人生を生きた女性の生涯を描くことにこだわり、重厚な筆致で独特な文学世界を展開してきた大原富江(1912~2000年)。新婦人中央本部は1970年代の新婦人しんぶんの連載小説『めぐりあい』の自筆原稿を、このほど高知県本山町の大原富江文学館に寄贈しました。同館を、町の元職員で自治労連副中央執行委員長、新婦人会員の松繁美和さんが訪ねました。
大原富江文が生まれ育った本山町は、吉野川の上流域にあり、面積の9割を森林が占め、人口約3500人の町です。本山町立大原富江文学館は小春空に映える白亜の洋館、旧本山簡易裁判所を改修したモダンな洋風建築です。富江の文学を後世に伝えようと町が1991年に開館。遺品の多くが寄贈され、生涯の歩みと作品をたどることができます。
『婉という女』(1960年)は当時の文学界に衝撃を与え、映画化され何ヵ国語にも翻訳されました。実在の人物をモデルに、土佐藩の家老であった野中兼山が失脚し、遺族の幽閉が40年にも及ぶなか、四女の婉が体の中に潜む女の性と確執をへて自立していく姿が描かれています。この作品の常設コーナーでは、兼山が県下各地で成し遂げた偉大な土木事業と、幽閉された宿毛の地などを紹介。若き日の富江が、高知県立文学館に所蔵された婉の自筆の手紙を書き写すなど、何年もかけ執念をもって調べ上げたことが伝わります。
土佐の女性をモデルにした『於雪―土佐一条家の崩壊』(1970年)をはじめ、和泉式部や女性歌人の生涯を描いた小説などを相次いで発表。その作品は徹底した取材で事実に基づいたものが多く、自身が若くして結核を患い、10年近い療養生活を余儀なくされたことや出征する男性との失恋など、自伝的な要素が含まれています。病身のまま、太平洋戦争が始まろうとするなか、29歳で単身上京を決意。「書くことは生きること」との言葉を残していますが、自分の負の部分に対する決別として、「書くこと」によって自分の将来を見出そうとしたのではないかと思います。
『めぐりあい』(新婦人しんぶん連載時の「邂逅」を改題)は、大原富江全集(全8巻・小沢書店)には未収録ですが最下層に生きる女性への関心が貫かれた力作です。B級戦犯として巣鴨プリズンに留置された元日本軍少尉と、看護婦の資格が取れるとだまされて南方まで連れて行かれた旧日本軍慰安婦、貧しさから子どもの頃より身売りされた女性などをめぐり、戦後10年頃の状況が描かれています。戦争に翻弄される貧困層の惨めさと、戦争責任がどこにあるのかを問う内容で、「戦争法」が成立した今に通じるものがあります。
新婦人が寄贈した生原稿に、同館職員の大石美香さんは「よい状態で保存されており、本当にありがたい」と述べ、大原富江の作品に貫かれているのは「負の世界で勁く生きる女性の姿であり、人間の功徳が書かれている」と。本山町教育長の澤田和久さんは「貴重な資料を寄贈いただいた。今後、公開するなど活用方法を検討していく」と話されました。
87歳で同郷の牧野富太郎の生涯を描いた『草を褥に』(2000年に雑誌連載)が絶筆に。ひたむきに書き続けた人生の奥深くに、ふるさとへの思いがあったことが作品からうかがえます。登場人物の言葉をかすかな訛りの残る土佐弁にするなど。全集に収録された「新婦人しんぶん」に書いた随想にも、幼いころ過ごした故郷の自然を思い起こしたものがあります。
敷地内に設置された茶席「安履庵」は町民にも開放され、開館と同時に創設された文学賞「大原富江賞」には、県出身者をふくめてこれまで7000作品を超える応募があり、文学に対する思いは受け継がれているようです。大原文学をもっとたくさんの人に、とりわけ「生きること」「自立」に向き合う女性たちにこそふれてほしいとの思いをつよくしました。
2016年12月17日
コーラスハーモニー12月報告
今日はコーラスハーモニーでした。
さて、全然関係ないのですが、この時期学校の行事?と言えば、個人懇談会。なんかね~いろいろ忙しくて、ハーモニー終わった後、懇談会だよ。ずらして貰ったから歌えるけど、終わってから懇談会が待ってるかと思うとビミョー…。
小組フェスタ見て、新しい人が来てくれたので、気をとりなおしてがんばろう。今日は歌い納めだ~(* ̄∇ ̄)ノ
とりあえず『12の誕生日に』
小組フェスタで好評だったらしい『切手のないおくりもの』『あの素晴らしい愛をもう一度』切手のないはソロが良かったって言われたらしく。ちょっとうれしいね。なので、ちょっと調子に乗って今日はソロやらなかった人もソロで歌っちゃうよ。
次は新しいうた『いまわたしちは』これは名古屋で戦時中の七三一部隊を歌った『悪魔の飽食』コンサートで新婦人が歌う歌だって。
あとはリクエスト。
『赤い花 白い花』
『もずが枯れ木で』
『手のひらを太陽に』
『聖者の行進』
『きよしこの夜』
讃美歌きれいだね。ハモると。なんてことつぶやいたら「あたりまえじゃな~い」と言われてしまった。そりゃまそうだ。
あと『美しい青年』『君をのせて』
『きょうの日はさようなら』を歌っておしまい。
次回は1月28日2時から
東田校区市民館で。
いつでも見学大歓迎\(^o^)/
さて、全然関係ないのですが、この時期学校の行事?と言えば、個人懇談会。なんかね~いろいろ忙しくて、ハーモニー終わった後、懇談会だよ。ずらして貰ったから歌えるけど、終わってから懇談会が待ってるかと思うとビミョー…。
小組フェスタ見て、新しい人が来てくれたので、気をとりなおしてがんばろう。今日は歌い納めだ~(* ̄∇ ̄)ノ
とりあえず『12の誕生日に』
小組フェスタで好評だったらしい『切手のないおくりもの』『あの素晴らしい愛をもう一度』切手のないはソロが良かったって言われたらしく。ちょっとうれしいね。なので、ちょっと調子に乗って今日はソロやらなかった人もソロで歌っちゃうよ。
次は新しいうた『いまわたしちは』これは名古屋で戦時中の七三一部隊を歌った『悪魔の飽食』コンサートで新婦人が歌う歌だって。
あとはリクエスト。
『赤い花 白い花』
『もずが枯れ木で』
『手のひらを太陽に』
『聖者の行進』
『きよしこの夜』
讃美歌きれいだね。ハモると。なんてことつぶやいたら「あたりまえじゃな~い」と言われてしまった。そりゃまそうだ。
あと『美しい青年』『君をのせて』
『きょうの日はさようなら』を歌っておしまい。
次回は1月28日2時から
東田校区市民館で。
いつでも見学大歓迎\(^o^)/
2016年12月12日
『「キレる心」と「あきらめない心」思春期つながるよりそう(月1回連載)』
今日は下の子が熱を出して病院行かなきゃならないのに、上の娘が学校へ行き渋る…。上の子を学校へ送っていって、すぐ下の子を病院連れていき、ギリギリで事務所に飛び込むと、お嫁さんが出産したとかで相方もスクランブル。いろいろ大変でした。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆12月15日号
『「キレる心」と「あきらめない心」思春期つながるよりそう(月1回連載)』
A君はすぐキレる。「自分の気持ちを誰もわかってくれない」と思うと心にスイッチが入る。さんざん悪態をつき、いすを投げ飛ばし、かと思えば急に全身から力が抜けたようにポツンとその場に立ち尽くす。A君のことを怖がる生徒が出始めた頃、A君に心を寄せていた担任も限界を感じ始めていた。
帰る家が定まらず、むし歯の数も二桁あるA君は、高校2年生。けんかっ早く、誤解されやすい生徒だ。家族構成は母と2歳離れた兄がひとりいる。母親は若い年齢で兄とA君を授かったからか、「この子の性で私の人生が狂った」が口癖。A君は中学生の頃も手がつけられなかったらしい。
キレる状態を回避するためにできることは何か―職員は話し合い、共通方針として、A君に積極的に声をかけよう、「見守っているよ」「自分の感情のコントロール方法を学ぼう」との思いを伝え続けようと決めた。保健室では、自分の気持ちを相手に伝える術や、相手の気持ちを理解するためにちょっと立ち止まってみようと伝え続けた。A君も職員もたくさんの成功と失敗を繰り返したが、みなが同じ方向を目指し、諦めなかった。
やがてA君はキレそうになると、こぶしをぎゅーっと握りながらも「立ち止まって自分を見つめる」回数が多くなっていった。職員はそんな変化に一喜一憂することなく、A君の心の変容を見守り続けた。A君への思いの根底にあるのは「出会いには意味があり、心の成長には限界はない」と信じ続ける気持ちだった。
A君の変化を通して、彼が求めていたのは、彼のがんばりや変化に気付き、認め、喜び、ダメなものはダメと叱ってくれる関係なのだと気づかされた。
「信頼関係」を築いていくことは、子どもたちの「心の成長」につながっていく。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆12月15日号
『「キレる心」と「あきらめない心」思春期つながるよりそう(月1回連載)』
A君はすぐキレる。「自分の気持ちを誰もわかってくれない」と思うと心にスイッチが入る。さんざん悪態をつき、いすを投げ飛ばし、かと思えば急に全身から力が抜けたようにポツンとその場に立ち尽くす。A君のことを怖がる生徒が出始めた頃、A君に心を寄せていた担任も限界を感じ始めていた。
帰る家が定まらず、むし歯の数も二桁あるA君は、高校2年生。けんかっ早く、誤解されやすい生徒だ。家族構成は母と2歳離れた兄がひとりいる。母親は若い年齢で兄とA君を授かったからか、「この子の性で私の人生が狂った」が口癖。A君は中学生の頃も手がつけられなかったらしい。
キレる状態を回避するためにできることは何か―職員は話し合い、共通方針として、A君に積極的に声をかけよう、「見守っているよ」「自分の感情のコントロール方法を学ぼう」との思いを伝え続けようと決めた。保健室では、自分の気持ちを相手に伝える術や、相手の気持ちを理解するためにちょっと立ち止まってみようと伝え続けた。A君も職員もたくさんの成功と失敗を繰り返したが、みなが同じ方向を目指し、諦めなかった。
やがてA君はキレそうになると、こぶしをぎゅーっと握りながらも「立ち止まって自分を見つめる」回数が多くなっていった。職員はそんな変化に一喜一憂することなく、A君の心の変容を見守り続けた。A君への思いの根底にあるのは「出会いには意味があり、心の成長には限界はない」と信じ続ける気持ちだった。
A君の変化を通して、彼が求めていたのは、彼のがんばりや変化に気付き、認め、喜び、ダメなものはダメと叱ってくれる関係なのだと気づかされた。
「信頼関係」を築いていくことは、子どもたちの「心の成長」につながっていく。
2016年12月07日
おしゃべりママ 12月報告
今日はおしゃべりママでした。先月は急にお葬式ができちゃった人がいて、急きょ取り止め。
今日は久しぶりに顔を出してくれた人がいて、ここしばらくの支部の様子を報告。小組フェスタ終わったよね~、自治体キャラバンあったよね~、市長との懇談会もあったよねと。
中学生のお子さんがいるから、子ども医療費のことは真剣に食いついてきました。
でも、まだまだ無料になりそうにないです。豊橋市。
市長との懇談会では「愛知では8割強中学卒業まで無料ですが、愛知は進んでいるほうで、他県を見渡せば…。」
とうとう他県出てきちゃったよ(゜〇゜;)?????
まあ、新生児の全戸訪問とか他にいろいろ力を入れてるのはわかるけどね。
そこから、なぜか発達障害やら、精神病の話になり、いろいろ盛り上がりました。
ちなみに我が家は夫は躁鬱病、私はてんかん、娘はアスペルガー、息子は軽度知的の広汎性発達障害。私の父と兄もアスペルガー(推定)だからなあ。
いろいろエピソードがありすぎて、話し出したら止まらないよ。
盛り上がり過ぎて時間ちょっとオーバー。
次回はうちの娘の背骨の手術が決まる12月22日以降に決めます。
なかなか言いづらい、子どもの病気のことも、いろいろ話せるよ~。いつでも飛び入り大歓迎\(^o^)/
今日は久しぶりに顔を出してくれた人がいて、ここしばらくの支部の様子を報告。小組フェスタ終わったよね~、自治体キャラバンあったよね~、市長との懇談会もあったよねと。
中学生のお子さんがいるから、子ども医療費のことは真剣に食いついてきました。
でも、まだまだ無料になりそうにないです。豊橋市。
市長との懇談会では「愛知では8割強中学卒業まで無料ですが、愛知は進んでいるほうで、他県を見渡せば…。」
とうとう他県出てきちゃったよ(゜〇゜;)?????
まあ、新生児の全戸訪問とか他にいろいろ力を入れてるのはわかるけどね。
そこから、なぜか発達障害やら、精神病の話になり、いろいろ盛り上がりました。
ちなみに我が家は夫は躁鬱病、私はてんかん、娘はアスペルガー、息子は軽度知的の広汎性発達障害。私の父と兄もアスペルガー(推定)だからなあ。
いろいろエピソードがありすぎて、話し出したら止まらないよ。
盛り上がり過ぎて時間ちょっとオーバー。
次回はうちの娘の背骨の手術が決まる12月22日以降に決めます。
なかなか言いづらい、子どもの病気のことも、いろいろ話せるよ~。いつでも飛び入り大歓迎\(^o^)/
2016年12月05日
小組フェスタ発表の部2





ハングル小組はメンバーそれぞれがハングル語で自己紹介。馴染みのメンバーの意外な趣味や子どものころの夢などが明かされ、別の意味でも盛り上がりました。太極拳は3つの地域別小組の合同。お揃いの白い衣装が「素敵でした。会場のみなさんも一緒に太極拳をやりました。
憲法おしゃべり小組は安倍政治に対する熱い思いを語り、最後のコーラス発表をして、会場全体でふるさとを歌っておしまい。だったんですが、私は副実行委員長として終わりの挨拶を任されており、終わりが近づくにつれてソワソワ…。きちんと考えておけばよかったんだけど、なんとなく当日まで来ちゃって…かなり焦りました。
しかし無事終わってよかった~
たくさん来てくれてよかった~
展示も発表も本当にいきいきとみんな活動的で楽しそうで、豊橋支部の底力!こうして小組フェスタを開くと、ほんとうにいろんな小組があるってわかるね。
楽しそう!私も参加したい!と思った方はいつでもご連絡ください。メンバー募集中の小組がいっぱいです。たくさん友達できますよ。
新婦人豊橋支部 (0532)64-7143いつでもお電話待ってます。留守の時は留守電にメッセージをお願いします。
2016年12月05日
小組フェスタ発表の部1




発表の部その1
新婦人豊橋支部には地域別で3グループのコーラス小組があり、オープニングは3グループ合同のスタントコーラス「スキー」と「雪」でスタート。スタントコーラスとは2つの歌を同時に歌うとピタリと合う歌のこと。会場を半分に分けて歌い盛り上がりました。
今回初参加のリコーダー小組、リコーダーならどこの家にもあるんじゃない?と始まった新しい小組です。着付け小組も初参加。ビシッと着物を着こなしての参加です。
民謡踊り小組はt会場いっぱいに輪になっての炭坑節。こんなに大きく輪になって踊ったのは初めてかな。写真撮ろうと輪の外にいたんだけどみんなが楽しそうなので、混じりたくなってその場で踊ってました。
会場参加はできないけど…というところは映像で紹介。卓球や親子リズム、にんにん体操、産直料理、木彫り、生け花。日常の楽しげな会話が入っていて会場がなごみました。
2016年12月05日
小組フェスタ展示の部2





展示作品の紹介その2.
みんなでわいわい楽しく近場にお出かけする『プチお出かけ』も大人気の小組。野菜の産直ボックスをすべて使い切ってお料理する『産直料理』は写真とレシピの紹介、絵手紙やしんぶんちぎり絵、手づくり、布ぞうり、手編みなど多種多様な作品が集まってます。木彫りや生け花など、ここで紹介できなかった小組もたくさんあります。
2016年12月05日
小組フェスタ展示の部1





12月3日土曜日は新婦人の小組フェスタでした。小組とは新婦人内のサークルのようなもので、会員ならどの小組にも参加できます。初めて参加した伯母が「新婦人しんぶんによく載ってる小組ってこれのこと?」と驚いていました。
こちらは展示作品。パッチワークや、手づくり、親子絵画などさまざまな作品があります。毎月1回季節の花を見に出かける『お花見散歩』はきれいな花の写真で出展。
今回私は展示のリーダーなんて役割を任されてしまったので、展示用の机や壁面の割り振りに苦労しました。すべてセッティング終わった時にはホッとしてこのまま帰っても良いな~なんて思ったけど、舞台発表に続きます。
2016年12月05日
『少女はなぜ「買われた」か3 ジェンダーリレー講座』
小組フェスタが無事に終わりました。様子をまとめてアップしようと写真は撮ったんですが、地域の防災訓練の炊き出しに駆り出されたり忙しくて保留中。近々アップします。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆12月8日号
『少女はなぜ「買われた」か3 ジェンダーリレー講座』
「私たちは『買われた』展」で「大人に言われた嫌な言葉」と題した作品を展示した。「産まなきゃよかった」「出て行け」「めんどくさい」「もう面倒みられない」「誰の金で飯食ってると思ってるんだ」など、中高生が家族や教員、行政、警察、児童福祉や医療関係者などから言われた言葉を作品にした。
街で少女に声をかけると「保護じゃないよね」とおびえた表情…多くの場合、学校や児童相談所など、子どもを守る立場にあるはずの機関で不適切な対応を受けていた。自暴自棄や、無気力状態にある人も少なくないが、彼女たちは大人からの諦めを感じ、大人や自分自身のことも諦めていた。
そんな少女たちに私は「今度ご飯食べに行かない?」と誘う。食卓を囲むことは、相談のはハードルを下げることにも役立つ。困っている人の一番の困りごとは「助けて」と言えないこと。「どうしたい?」と問われてもわからないことだ。
落ち着いて考えられる環境や、信頼関係があって初めて自分の状況に向き合うことができる。ほとんどの場合、抱える問題はすぐに解決できない。だからこそ長い目で見守り、伴走する大人の存在が大切だ。
私も高校時代、家に帰りたくなくて朝帰りした時、年配の女性に「おはよう。寒いわね。風邪引かないようにね」と言われた子とがある。私は戸惑ってあいさつを返せないまますれ違ったが、「気にかけてくれる人がいるんだ」と涙があふれた。その女性にとってはなんでもない一言でも、私の心には今も残っている。
声をかけた少女に「気づいてくれてありがとう」と目に涙をためて言われたことがある。暴力や支配環境で育った子どもたちは、大人への不信感を抱いているが、声をかけたとき、怒鳴ったり、殴ったりされたことはない。読者の方ももしどこかで気になる青少年を見かけたら「これで温まって」とカイロを渡したり、「ちゃんとご飯食べてる?」とアメを出したり、「気をつけてね」と声をかけてみてほしい。そうしたことが、人への信頼を回復するための小さな芽になる。必要なのは、特別な支援ではなく、当たり前の日常だ。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆12月8日号
『少女はなぜ「買われた」か3 ジェンダーリレー講座』
「私たちは『買われた』展」で「大人に言われた嫌な言葉」と題した作品を展示した。「産まなきゃよかった」「出て行け」「めんどくさい」「もう面倒みられない」「誰の金で飯食ってると思ってるんだ」など、中高生が家族や教員、行政、警察、児童福祉や医療関係者などから言われた言葉を作品にした。
街で少女に声をかけると「保護じゃないよね」とおびえた表情…多くの場合、学校や児童相談所など、子どもを守る立場にあるはずの機関で不適切な対応を受けていた。自暴自棄や、無気力状態にある人も少なくないが、彼女たちは大人からの諦めを感じ、大人や自分自身のことも諦めていた。
そんな少女たちに私は「今度ご飯食べに行かない?」と誘う。食卓を囲むことは、相談のはハードルを下げることにも役立つ。困っている人の一番の困りごとは「助けて」と言えないこと。「どうしたい?」と問われてもわからないことだ。
落ち着いて考えられる環境や、信頼関係があって初めて自分の状況に向き合うことができる。ほとんどの場合、抱える問題はすぐに解決できない。だからこそ長い目で見守り、伴走する大人の存在が大切だ。
私も高校時代、家に帰りたくなくて朝帰りした時、年配の女性に「おはよう。寒いわね。風邪引かないようにね」と言われた子とがある。私は戸惑ってあいさつを返せないまますれ違ったが、「気にかけてくれる人がいるんだ」と涙があふれた。その女性にとってはなんでもない一言でも、私の心には今も残っている。
声をかけた少女に「気づいてくれてありがとう」と目に涙をためて言われたことがある。暴力や支配環境で育った子どもたちは、大人への不信感を抱いているが、声をかけたとき、怒鳴ったり、殴ったりされたことはない。読者の方ももしどこかで気になる青少年を見かけたら「これで温まって」とカイロを渡したり、「ちゃんとご飯食べてる?」とアメを出したり、「気をつけてね」と声をかけてみてほしい。そうしたことが、人への信頼を回復するための小さな芽になる。必要なのは、特別な支援ではなく、当たり前の日常だ。