2019年02月25日
『心も体も解放された欧州の夜 虹はなにいろ?さらだ(セクシュアルマイノリティと人権を考える会)』
2月も今日で終わり。これから訪れる4月、新学期のバタバタを思うと頭が痛くなる季節です。どうなるかな~
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆2月28日号
『心も体も解放された欧州の夜 虹はなにいろ?さらだ(セクシュアルマイノリティと人権を考える会)』
わたしは40代のゲイで、同居せずにつきあっているパートナーがいる。お互い仕事や親の介護、サークル活動で忙しく、二人で過ごす時間が少ないので、たまに行く海外旅行はゆっくりと一緒に過ごせる大切な時間だ。去年二人で訪れたのはヨーロッパのある国。毎日のんびりと美しい街並みやコンサートを楽しみ、そして、最後の晩にLGBTが集まるクラブに行ってみよう!ということになった。
スマホを頼りに郊外の暗い道を歩く。わくわくする一方で不安な気持ちがわいてくる。雰囲気になじめるだろうか?言葉の壁も?不安のほうが大きくなったところでクラブに到着。まだ客は少なく、ソファに座ってお酒を飲みながら過ごす。なんだかまだ落ち着かない。夜が深まり客がが増えはじめると、ダンスフロアでみんなが踊りはじめた。楽しい雰囲気に刺激され、急に踊りたくなった。ぼくらも踊りに行こう!2人でダンスの波に入っていく。人種も年齢もセクシュアリティも異なる大勢の人。心も体も解放されて、うわぁ、楽しい!少し疲れたので、ソファに戻って2人でまったり過ごす。
人目を気にせずにいられるパートナーとのリラックスした時間。あぁ、らくだなぁ、シアワセだなぁ。日本でデートしたり食事したりするとき、どこかゲイである自分たちを隠し、人目を気にしながら過ごしているんだなぁとしんみり思った。
帰り際に、芸の若いモロッコ人が声をかけてくれた。「はじめまして。さっき近くに座ってたよね。君たちとってもチャーミングなカップルだね!ぼくの故郷ではゲイをオープンにできなくて大変なんだ。今はヨーロッパに住んでいて旅行中だよ。じゃあね!」。チャーミングなカップルと言われたのは初めてで、なんだかうれしい気分で帰途についた。日本でも自分らしくいられる、こんなステキな場を増やしたいなぁと思う。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆2月28日号
『心も体も解放された欧州の夜 虹はなにいろ?さらだ(セクシュアルマイノリティと人権を考える会)』
わたしは40代のゲイで、同居せずにつきあっているパートナーがいる。お互い仕事や親の介護、サークル活動で忙しく、二人で過ごす時間が少ないので、たまに行く海外旅行はゆっくりと一緒に過ごせる大切な時間だ。去年二人で訪れたのはヨーロッパのある国。毎日のんびりと美しい街並みやコンサートを楽しみ、そして、最後の晩にLGBTが集まるクラブに行ってみよう!ということになった。
スマホを頼りに郊外の暗い道を歩く。わくわくする一方で不安な気持ちがわいてくる。雰囲気になじめるだろうか?言葉の壁も?不安のほうが大きくなったところでクラブに到着。まだ客は少なく、ソファに座ってお酒を飲みながら過ごす。なんだかまだ落ち着かない。夜が深まり客がが増えはじめると、ダンスフロアでみんなが踊りはじめた。楽しい雰囲気に刺激され、急に踊りたくなった。ぼくらも踊りに行こう!2人でダンスの波に入っていく。人種も年齢もセクシュアリティも異なる大勢の人。心も体も解放されて、うわぁ、楽しい!少し疲れたので、ソファに戻って2人でまったり過ごす。
人目を気にせずにいられるパートナーとのリラックスした時間。あぁ、らくだなぁ、シアワセだなぁ。日本でデートしたり食事したりするとき、どこかゲイである自分たちを隠し、人目を気にしながら過ごしているんだなぁとしんみり思った。
帰り際に、芸の若いモロッコ人が声をかけてくれた。「はじめまして。さっき近くに座ってたよね。君たちとってもチャーミングなカップルだね!ぼくの故郷ではゲイをオープンにできなくて大変なんだ。今はヨーロッパに住んでいて旅行中だよ。じゃあね!」。チャーミングなカップルと言われたのは初めてで、なんだかうれしい気分で帰途についた。日本でも自分らしくいられる、こんなステキな場を増やしたいなぁと思う。
2019年02月21日
おしゃべりママ2月報告
そろそろ高校受験、最終決戦。あと少しだね。うちの中1娘も学年末テストが終わり、帰ってきた結果が惨憺たるものでした。
今は相談室登校してるけど、春からは支援級に籍を移そうかと考えてる。このまま教室に入れないなら、相談室でも支援級でも進路はそんなに変わらないからね〜。小学校の時、苦労して支援級から普通級に移したことを思うと、ちょっとモヤモヤするけど、今の最善をつくさないとね。
3年生を送る会など、この季節ならではの行事の話題で盛り上がる。
で、豊橋公園に計画中の第2アリーナの話題に。豊橋公園に5000人規模の第2アリーナを作るんだけど、駐車場はないし、テニスコートをつぶすことになるから、どこに移そうってことで、運動公園に16面のテニスコートを作る計画があるとか。
運動公園は良く行くけど、そんな広いテニスコートいったいどこに作るんだろ?
今は6面しかないんだよ?
なんか無茶苦茶だな〜って思っちゃうよ。誰か納得できる説明してくれ。ほんと大丈夫なのかな?のんびりお散歩できる公園を大事にして欲しいよ。
しかし、もう2月末…
春は子どもたちをとりまく環境がガラッと変わるから、難しい季節。今から心配して構えても仕方ないんだけど、どう崩れるか?どう荒れるか?と憂鬱になるね。
すべての子どもに穏やかな春が来ると良いなぁ。
次回、おしゃべりママは
3月14日10時〜 新婦人事務所
他愛ないおしゃべりをしに遊びに来ませんか?いつでも飛び入り大歓迎です。
今は相談室登校してるけど、春からは支援級に籍を移そうかと考えてる。このまま教室に入れないなら、相談室でも支援級でも進路はそんなに変わらないからね〜。小学校の時、苦労して支援級から普通級に移したことを思うと、ちょっとモヤモヤするけど、今の最善をつくさないとね。
3年生を送る会など、この季節ならではの行事の話題で盛り上がる。
で、豊橋公園に計画中の第2アリーナの話題に。豊橋公園に5000人規模の第2アリーナを作るんだけど、駐車場はないし、テニスコートをつぶすことになるから、どこに移そうってことで、運動公園に16面のテニスコートを作る計画があるとか。
運動公園は良く行くけど、そんな広いテニスコートいったいどこに作るんだろ?
今は6面しかないんだよ?
なんか無茶苦茶だな〜って思っちゃうよ。誰か納得できる説明してくれ。ほんと大丈夫なのかな?のんびりお散歩できる公園を大事にして欲しいよ。
しかし、もう2月末…
春は子どもたちをとりまく環境がガラッと変わるから、難しい季節。今から心配して構えても仕方ないんだけど、どう崩れるか?どう荒れるか?と憂鬱になるね。
すべての子どもに穏やかな春が来ると良いなぁ。
次回、おしゃべりママは
3月14日10時〜 新婦人事務所
他愛ないおしゃべりをしに遊びに来ませんか?いつでも飛び入り大歓迎です。
2019年02月18日
『子どもが介護をするということ 思春期つながるよりそう(月1回連載)』
教室に入りづらく相談室登校のわが娘は、ちょっと体調を崩し、今日はお休み。次の学年へ向けて頭が痛くなる時期です。息子は通学団の班長&団長を引き受けてくるし、新学期おそろしいわ~。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆2月21日号
『子どもが介護をするということ 思春期つながるよりそう(月1回連載)』
中学三年生のY子は、病気の父の世話をしているため遅刻が多く、最近早退も増えて気になっていました。
そんな矢先にY子が下腹部の痛みを訴えました。念のため生理の有無を確認をすると、Y子は急に顔を曇らせてうつむきました。よく聞いていくと、最近知り合った社会人の彼と深い関係になり、気づけば生理が遅れて痒みもあるとのことでした。彼はY子の家に入り浸り、Y子は父親の世話をしながら同棲のような生活を送っていたのです。私は妊娠の可能性があることを伝え、病院に同行しました。Y子は妊娠した上に性感染症にかかっていました。
父親が病気の悪化で不在の中、地域保健師が立ち会い、中絶手術が行われました。付き添う私たちの前で、Y子は涙ながらに毎日父親の世話で疲れ、誰も頼る人がいなかったこと、彼との時間が唯一楽しく、自分が大切にされていると感じると話しました。
現在、Y子のような子どもが家族のケアをしなければならない「ヤングケアラー」(若年介護者)と呼ばれる子どもたちが増加しています。問題は、彼らの多くがそれを生活の一部として考え、自覚のないまま心身の疲労が蓄積され、登校が不安定になる上に、学習する権利も保障されていないと言う事です。父親の世話と言う重責を抱えきれず、異性に頼ってしまったY子を責めることはできません。
Y子が心身に負った傷は深く、現在も学校と地域でY子を支えています。登下校は学校職員が担当し、帰宅後は地域保健師が父親の世話をしながらY子の生活の補助をを行っています。Y子の気持ちを聞くなど心のケアもしていく中で、少しずつ落ち着いた生活が送れるようになってきています。
高齢化や核家族化など、家庭環境が複雑化しているなかで、学校と地域の連携で、ヤングケアラーの問題をしっかり把握し、解決に向けての取り組みを進めることが、大きな課題になっているのではないでしょうか。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆2月21日号
『子どもが介護をするということ 思春期つながるよりそう(月1回連載)』
中学三年生のY子は、病気の父の世話をしているため遅刻が多く、最近早退も増えて気になっていました。
そんな矢先にY子が下腹部の痛みを訴えました。念のため生理の有無を確認をすると、Y子は急に顔を曇らせてうつむきました。よく聞いていくと、最近知り合った社会人の彼と深い関係になり、気づけば生理が遅れて痒みもあるとのことでした。彼はY子の家に入り浸り、Y子は父親の世話をしながら同棲のような生活を送っていたのです。私は妊娠の可能性があることを伝え、病院に同行しました。Y子は妊娠した上に性感染症にかかっていました。
父親が病気の悪化で不在の中、地域保健師が立ち会い、中絶手術が行われました。付き添う私たちの前で、Y子は涙ながらに毎日父親の世話で疲れ、誰も頼る人がいなかったこと、彼との時間が唯一楽しく、自分が大切にされていると感じると話しました。
現在、Y子のような子どもが家族のケアをしなければならない「ヤングケアラー」(若年介護者)と呼ばれる子どもたちが増加しています。問題は、彼らの多くがそれを生活の一部として考え、自覚のないまま心身の疲労が蓄積され、登校が不安定になる上に、学習する権利も保障されていないと言う事です。父親の世話と言う重責を抱えきれず、異性に頼ってしまったY子を責めることはできません。
Y子が心身に負った傷は深く、現在も学校と地域でY子を支えています。登下校は学校職員が担当し、帰宅後は地域保健師が父親の世話をしながらY子の生活の補助をを行っています。Y子の気持ちを聞くなど心のケアもしていく中で、少しずつ落ち着いた生活が送れるようになってきています。
高齢化や核家族化など、家庭環境が複雑化しているなかで、学校と地域の連携で、ヤングケアラーの問題をしっかり把握し、解決に向けての取り組みを進めることが、大きな課題になっているのではないでしょうか。
2019年02月16日
コーラスハーモニー2月報告
今日は新婦人コーラスハーモニーの日でした。都合の悪い人が多く、ちょっと寂しい感じ。
バレンタインの直後だから、手作りチョコを持ってきたのに、残念だったね〜休んだ人。
いつもの通りに始まるかと思ったんだけど、コーラスハーモニーに激震。ずっと伴奏してくれていたピアニストさんが、お仕事の都合で土曜日が来れなくなったらしい。
曜日を変えるか?新しいピアニストを探すか?
伴奏譜もない歌集から適当に出すリクエストでも初見の楽譜でも嫌な顔しないで弾いてくれる素晴らしい人なのに〜(泣)
今日は人も少ないし、秋の地区合唱発表会まではなんとか都合をつけてくれるそうなので、今後話し合いってことで練習開始。
発声がわりに『大きな歌』
『故郷の廃家』
発表会候補曲の『うた』良い歌だけど、暗譜で歌うには難しいかも。詩の内容を理解して表現しなきゃ伝わらないしね。
で、もう一度考え直して『いとし子よ』を歌ってみたけどこっちはリズムが難しい。なので、やっぱり『うた』かな。一部ソロにすればちょっとは負担が減るかなってことで、歌い方検討。
リクエストで
『スキー』
『十五夜お月さん』
『誇りを胸に』
『今日の日はさようなら』でおしまい。
次回は3月30日2時〜 東田校区市民館。
しかし、ほんとこの先どうなっていくのかな。コーラスハーモニー転換期です。
バレンタインの直後だから、手作りチョコを持ってきたのに、残念だったね〜休んだ人。
いつもの通りに始まるかと思ったんだけど、コーラスハーモニーに激震。ずっと伴奏してくれていたピアニストさんが、お仕事の都合で土曜日が来れなくなったらしい。
曜日を変えるか?新しいピアニストを探すか?
伴奏譜もない歌集から適当に出すリクエストでも初見の楽譜でも嫌な顔しないで弾いてくれる素晴らしい人なのに〜(泣)
今日は人も少ないし、秋の地区合唱発表会まではなんとか都合をつけてくれるそうなので、今後話し合いってことで練習開始。
発声がわりに『大きな歌』
『故郷の廃家』
発表会候補曲の『うた』良い歌だけど、暗譜で歌うには難しいかも。詩の内容を理解して表現しなきゃ伝わらないしね。
で、もう一度考え直して『いとし子よ』を歌ってみたけどこっちはリズムが難しい。なので、やっぱり『うた』かな。一部ソロにすればちょっとは負担が減るかなってことで、歌い方検討。
リクエストで
『スキー』
『十五夜お月さん』
『誇りを胸に』
『今日の日はさようなら』でおしまい。
次回は3月30日2時〜 東田校区市民館。
しかし、ほんとこの先どうなっていくのかな。コーラスハーモニー転換期です。
2019年02月11日
『映画「あの日のオルガン」―戦時中の疎開保育園の記録ー』
事務所の印刷機の調子がおかしくて、支部長と副支部長が二人がかりであたふたしていました。しんぶんを分ける月曜の朝はとっても忙しいです。今日は祝日、家に子どもいるしね~。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆2月14日号
『映画「あの日のオルガン」―戦時中の疎開保育園の記録ー』
原作者 久保つぎこさんに聞く
太平洋戦争末期、日本で初めて保育園を疎開させようと奮闘した保母たちがいました。疎開保育園の実話をもとに、戦争の理不尽さを描いた映画『あの日のオルガン』(平松恵美子監督・脚本)が公開されます。原作者の久保つぎこさんに聞きました。
戦時中の学童疎開はよく知られていますが、就学前の保育園、幼稚園の「園児疎開」はほとんど知られていません。
園児疎開が始まったのは、終戦の2カ月前。その前年、国の決定を待たず。単独で決行した民間の保育所が都内の戸越保育園と愛育燐保館です。二つの保育園から幼児53人、保母ら11人が埼玉県蒲田市の荒れ寺に疎開しました。1944年11月から終戦の45年8月までです。幼児は3~5歳、保母は19~27歳。
映画は、幼いわが子を手放す不安と、空襲から我が子だけでも助けたいと意見の分かれる親たちを、保母たちが説得するシーンから始まります。
「若い女優さんたちがいいですよね、すがすがしくて。平松監督は、若い俳優さんたちに〝とにかく子供の面倒を見てね"と言ったらしい。子ども特有の自然力が、現場の人たちに影響して、スクリーンのあのあたたかさが生まれた。子どもが尊重されたから、撮影の現場は戦場みたいなものですが、小さい子どもたちを怖がらせないようにと配慮して、とてもいい現場だったそうです」
1945年8月に戦争が終わった時、久保さんは1歳半。戦争体験はありません。映画化のために、疎開保育園の記録を書いてほしいと言われた時は37歳。劇団民藝の俳優をへて、童話作家の仕事を始めたころで、子ども2人は保育園に虚っていました。
当時の関係者に取材し、調査を重ね、3年かかって書きあげたのが『君たちは忘れない 疎開保育園物語』(1982年)でした。今回の映画化にともない、『あの日のオルガン』として新装版ができました。
当初、便所は一カ所しかなく、天戸には穴が開き、ガラス戸も壊れ…。食糧難はもちろん、保育に必要な環境からはほぼ遠いなか、一つひとつの問題を解決していく保母たち。あまりの過酷さに全員生理が止まったと言います。
「当時はまだ、戦争の記憶―飢えや、普通の人がたくさん殺されたことをみんな覚えていました。私の場合は、かつて俳優だったことが、インタビューを言語化するのにとても役立ちました。でも、映画化の話はつぶれちゃって…」
これまでなんども映画化の試みがありながら、とん挫して、今回ようやく実現しました。
疎開保育園の子どもたちは、終戦の日まで全員が無事でした。しかし、1945年の3月、5月の空襲で、東京の親兄弟を失った子どももいました。久保さんは東京大空襲で両親と妹を亡くした、当時4歳のけんちゃん(本作の主人公の1人)とは今でも親交があります。
けんちゃんは、映画化の話にこう言いました。「おれのことはさておいて。8月15日前後になると、戦争がメディアで取り上げられるけど、過去にこういうことがありましたと言うだけではだめなんだ。大事なことは、命を救われたおれたちが戦後、戦争反対のために何をやったかと言う事。それを描かなければ〝トカゲのしっぽ切り”だ」と。けんちゃんの思いは観客一人ひとりに向けられています。
久保さんは、話します。「今になって映画化が実現したのは理由のあることだと思います。戦争中の悲惨な体験を、人びとは『忘れてしまう』ものです。自分たちが生きている間に伝えておかなくてはという危機感と連帯感で、たくさんの方が、市民プロデューサーになって、出資もしてくださったんです。ぜひ、多くの方に観ていただきたいです」。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆2月14日号
『映画「あの日のオルガン」―戦時中の疎開保育園の記録ー』
原作者 久保つぎこさんに聞く
太平洋戦争末期、日本で初めて保育園を疎開させようと奮闘した保母たちがいました。疎開保育園の実話をもとに、戦争の理不尽さを描いた映画『あの日のオルガン』(平松恵美子監督・脚本)が公開されます。原作者の久保つぎこさんに聞きました。
戦時中の学童疎開はよく知られていますが、就学前の保育園、幼稚園の「園児疎開」はほとんど知られていません。
園児疎開が始まったのは、終戦の2カ月前。その前年、国の決定を待たず。単独で決行した民間の保育所が都内の戸越保育園と愛育燐保館です。二つの保育園から幼児53人、保母ら11人が埼玉県蒲田市の荒れ寺に疎開しました。1944年11月から終戦の45年8月までです。幼児は3~5歳、保母は19~27歳。
映画は、幼いわが子を手放す不安と、空襲から我が子だけでも助けたいと意見の分かれる親たちを、保母たちが説得するシーンから始まります。
「若い女優さんたちがいいですよね、すがすがしくて。平松監督は、若い俳優さんたちに〝とにかく子供の面倒を見てね"と言ったらしい。子ども特有の自然力が、現場の人たちに影響して、スクリーンのあのあたたかさが生まれた。子どもが尊重されたから、撮影の現場は戦場みたいなものですが、小さい子どもたちを怖がらせないようにと配慮して、とてもいい現場だったそうです」
1945年8月に戦争が終わった時、久保さんは1歳半。戦争体験はありません。映画化のために、疎開保育園の記録を書いてほしいと言われた時は37歳。劇団民藝の俳優をへて、童話作家の仕事を始めたころで、子ども2人は保育園に虚っていました。
当時の関係者に取材し、調査を重ね、3年かかって書きあげたのが『君たちは忘れない 疎開保育園物語』(1982年)でした。今回の映画化にともない、『あの日のオルガン』として新装版ができました。
当初、便所は一カ所しかなく、天戸には穴が開き、ガラス戸も壊れ…。食糧難はもちろん、保育に必要な環境からはほぼ遠いなか、一つひとつの問題を解決していく保母たち。あまりの過酷さに全員生理が止まったと言います。
「当時はまだ、戦争の記憶―飢えや、普通の人がたくさん殺されたことをみんな覚えていました。私の場合は、かつて俳優だったことが、インタビューを言語化するのにとても役立ちました。でも、映画化の話はつぶれちゃって…」
これまでなんども映画化の試みがありながら、とん挫して、今回ようやく実現しました。
疎開保育園の子どもたちは、終戦の日まで全員が無事でした。しかし、1945年の3月、5月の空襲で、東京の親兄弟を失った子どももいました。久保さんは東京大空襲で両親と妹を亡くした、当時4歳のけんちゃん(本作の主人公の1人)とは今でも親交があります。
けんちゃんは、映画化の話にこう言いました。「おれのことはさておいて。8月15日前後になると、戦争がメディアで取り上げられるけど、過去にこういうことがありましたと言うだけではだめなんだ。大事なことは、命を救われたおれたちが戦後、戦争反対のために何をやったかと言う事。それを描かなければ〝トカゲのしっぽ切り”だ」と。けんちゃんの思いは観客一人ひとりに向けられています。
久保さんは、話します。「今になって映画化が実現したのは理由のあることだと思います。戦争中の悲惨な体験を、人びとは『忘れてしまう』ものです。自分たちが生きている間に伝えておかなくてはという危機感と連帯感で、たくさんの方が、市民プロデューサーになって、出資もしてくださったんです。ぜひ、多くの方に観ていただきたいです」。
2019年02月04日
『ダーニングですてきに繕う』
いつも元気元気の息子が昨日熱をだし、今日は下がったのですが、念のため病院へ。相談室登校の娘には「今日は職員室まで送っていけない」と言うと駐車場から一人で歩いて行きました。緊急事態なら動いてくれるんだなあ。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆2月7日号
『ダーニングですてきに繕う』
穴のあいた手袋やすりきれた靴下、シミを付けてしまったシャツ…お気に入りの衣料が、引き出しの中で捨てられずに眠っていませんか?ほんの少し手を加えることで、新しく生まれ変わるかもしれません。
各地でダーニングを教えているニットデザイナーの野口光さんのワークショップに参加しました。
「ダーニングdarning)とは、英語で『繕う』こと。イギリスで古くから行われてきた衣料修繕の技術です。日本で言う〝カケハギ”のように新品同様に繕うのではなく、あえて目立つ色で楽しくかわいく繕って、ステッチを目立たせるのが特徴です」
ダーニングに使う糸は、修繕する生地に合わせて極細~中太くらいの毛糸、針は針穴が大きめのクロスステッチやフランス刺繍用が便利です。
さらに欠かせないのが、〝ダーニングマッシュルーム”というキノコの形をした専用の器具。補修したい部分がキノコの傘の中心部にくるようにかぶせ、付け根辺りをヘアゴムなどで固定してから作業を始めます。「電球やお玉、こけしなど身の回りにあるもので代用できます」。
この日、記者が持参したのは穴のあいた手袋。
まず穴をふさぐたて糸を張ります。一針目は、穴の右上約5ミリほど外側から出して、右下へたて糸を張ります。一目すくって一本張ったら、また左隣りの右上から…と繰り返し、四角のゾーンを作ります。糸の間隔は、使用する糸一本分の余裕を持たせて。張り終わったら横糸をかけていきます。横糸もたて糸と同じく小さく一目すくってはじめ、並んでいるたて糸を上下交互にすくっていきます。
時間がたつのも忘れて作業に没頭。5ミリ四方の穴が、約15分ほどで埋まりました。
たて糸と横糸の織り成す表情は、ふぞろいならではの味があり、編み目がそろわないのもご愛敬。「下手でいい、下手がいい」という、絵手紙に通じるものがあります。あきらめていた衣料を繕いたくなってきました。
穴のまわりの生地が薄くなっている場合は、半返し縫いをさらに細かくした〝ゴマシオダーニング”で生地を補強します。
ニットだけではなく、デニムやダウンでも楽しめます。
デザイナーの仕事柄、毎年新しい作品を発表する野口さん。流行に合わせて毎年新しい糸を使いますが、翌年には前の糸は使えません。せっかく買った糸が産業廃棄物に…そんな矛盾に疑問を持つようになった時、ダーニングに出会いました。
「他の手芸のように、作品を最後まで仕上げなくても、大丈夫。自分で〝いいかな?”と思ったところが完成です。〝断捨離”がもてはやされるなか、思い出があるものを捨てるとき、傷つきませんか?着られない洋服でも、ひと穴、ひとシミ隠れれば、また着られるかもしれません。ダーニングには癒しの効果もあるんです」
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆2月7日号
『ダーニングですてきに繕う』
穴のあいた手袋やすりきれた靴下、シミを付けてしまったシャツ…お気に入りの衣料が、引き出しの中で捨てられずに眠っていませんか?ほんの少し手を加えることで、新しく生まれ変わるかもしれません。
各地でダーニングを教えているニットデザイナーの野口光さんのワークショップに参加しました。
「ダーニングdarning)とは、英語で『繕う』こと。イギリスで古くから行われてきた衣料修繕の技術です。日本で言う〝カケハギ”のように新品同様に繕うのではなく、あえて目立つ色で楽しくかわいく繕って、ステッチを目立たせるのが特徴です」
ダーニングに使う糸は、修繕する生地に合わせて極細~中太くらいの毛糸、針は針穴が大きめのクロスステッチやフランス刺繍用が便利です。
さらに欠かせないのが、〝ダーニングマッシュルーム”というキノコの形をした専用の器具。補修したい部分がキノコの傘の中心部にくるようにかぶせ、付け根辺りをヘアゴムなどで固定してから作業を始めます。「電球やお玉、こけしなど身の回りにあるもので代用できます」。
この日、記者が持参したのは穴のあいた手袋。
まず穴をふさぐたて糸を張ります。一針目は、穴の右上約5ミリほど外側から出して、右下へたて糸を張ります。一目すくって一本張ったら、また左隣りの右上から…と繰り返し、四角のゾーンを作ります。糸の間隔は、使用する糸一本分の余裕を持たせて。張り終わったら横糸をかけていきます。横糸もたて糸と同じく小さく一目すくってはじめ、並んでいるたて糸を上下交互にすくっていきます。
時間がたつのも忘れて作業に没頭。5ミリ四方の穴が、約15分ほどで埋まりました。
たて糸と横糸の織り成す表情は、ふぞろいならではの味があり、編み目がそろわないのもご愛敬。「下手でいい、下手がいい」という、絵手紙に通じるものがあります。あきらめていた衣料を繕いたくなってきました。
穴のまわりの生地が薄くなっている場合は、半返し縫いをさらに細かくした〝ゴマシオダーニング”で生地を補強します。
ニットだけではなく、デニムやダウンでも楽しめます。
デザイナーの仕事柄、毎年新しい作品を発表する野口さん。流行に合わせて毎年新しい糸を使いますが、翌年には前の糸は使えません。せっかく買った糸が産業廃棄物に…そんな矛盾に疑問を持つようになった時、ダーニングに出会いました。
「他の手芸のように、作品を最後まで仕上げなくても、大丈夫。自分で〝いいかな?”と思ったところが完成です。〝断捨離”がもてはやされるなか、思い出があるものを捨てるとき、傷つきませんか?着られない洋服でも、ひと穴、ひとシミ隠れれば、また着られるかもしれません。ダーニングには癒しの効果もあるんです」