2014年09月29日

『タネから見える 農業戦略・TPP』

昨日は豊橋母親大会でした。災害がおきた時、幼い子どもを抱えてどうするか。言うこと聞かないきかんぼうだからなぁ(-"-;)

今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆10月2日号

『タネから見える 農業戦略・TPP』

家庭菜園で野菜をつくろうとタネを買いに行くと、タネの原産国はほとんど外国。京みずなはニュージーランド、大根はアフリカ、ネギはイタリア…タネにいま何が起きているのでしょう。

今、野菜のタネは、8〜9割が海外からの輸入。国産のタネが減っているのはタネ採りの担い手・後継者不足、技術伝承の難しさなど、さまざまな背景があります。そんな中、昔から長年栽培された日本の在来作物(在来種)のタネを残す運動が各地で広がっています。その一人、農民連女性部副部長で、新婦人神奈川県大和支部みつばち班のTさんを訪ねました。

「たとえば大根のタネを採るには大根として出荷するのとは別に、よいものを選別し、花を咲かせ、ほかの品種と交雑しないようにして、実を採るまで畑に2〜3ヵ月はおかなくてはなりません。タネ採りは時間と手間がかかりますと」とTさん。

多くの農家ではつくりやすく収穫量が多い、品質もそろうF1作物が主流になっています。F1作物は一世代しか同じものがつくれないため、「タネは買うもの」になってきているといいます。

「これはタネ採り用に熟させた『相模半白』という在来種のキュウリです。病気に弱く苦みが出ることも。でも触感がパリパリとして味もしっかりした品種です。在来種は環境に適する能力を獲得していくので、その点については強いですよ」

 Tさんは仲間と農業試験場に行き、在来のタネとそのつくり方などの話を聞き勉強しているといいます。

「つくられなくなった品種や、タネがなくなった品種がたくさんあります。在来種を残すには一人では無理。採ったタネが何かの拍子にだめになることも。だから仲間が必要。そして農民としては経済的に成り立たないと在来種はつくれません。京野菜や江戸野菜のように、それを専門に出す料理屋やお店、学校給食など、消費方法も含めて考え、行政も加わって地域で在来の作物を残そうという努力が大切だと思います」

タネの生産を海外に頼ることには、不作の時にタネがなくなったり、高騰したりして買えなくなる心配があります。

Tさんも農民連としてその会議に参加した、小農民の国際組織「ビア・カンペシーナ」の運動の柱は「持続可能な農業とタネを守ろう」。

「自分がまく種を自分で採り、近所の農家と交換することは、昔からおこなわれてきた『農民の権利』です。長い年月を経て、その土地に適応してきた在来種のタネはいのちを支える源。家庭菜園でもぜひ在来のタネを手に入れて、花を咲かせタネを採ってみてほしい」

ナスやキュウリ、落花生、サトイモ、ニンジンと、畑の作物を見つめるTさん。その目は優しさにあふれていました。
  


2014年09月29日

手づくり・リフォーム小組 ルレットって穴あくの?

会議、会議で顔を出せなかった手づくり・リフォーム小組。久しぶりに顔を出せました。

Dさんはタイトスカートのダーツを縫ってます。ダーツの先は返し縫いしないで、糸を結びます。こうすると先がゴロゴロしないんだよね。

Mさんはブラウスの裁断・印つけ。初めて両面チャコペーパーとルレットを使います。

Mさんの心配は…

「これって布に穴あかない?」

同じようにルレットを使ったことのないお友達に穴あきそう…と言われたんだって。

ルレットはトゲトゲですが、糸を断ち切るわけじゃないので、穴はあかないよ〜。

次回はどこまで進むかな。

次回は
10月6日時半〜
岩田校区市民館

問い合わせ
新婦人豊橋支部
朝丘町132 すこやかプラザ202
(0532)64‐7143

いつでも見学大歓迎(^∀^)ノ
  


Posted by つむたい at 20:16Comments(0)手作り・リフォーム小組

2014年09月28日

豊橋母親大会 文科会災害への備えいろいろ

文科会は第3文科会『災害への備えいろいろ』に参加。

この文科会はなんと言っても試食ができる〜♪

食料の備蓄で一番大事なのは水。

水は一日に2リットルで一週間×人数。

食べ物は災害用と言うより、普段食べている缶詰、レトルト、お菓子などを食べながらストック。

お菓子など甘いものは疲れた時に嬉しく、特にガムは噛むことで脳が刺激されて良い。

後、不足しがちなのがビタミン、ミネラル。これらが不足して震災後、子どもの鬱が増えたらしい。

カットワカメや切り干し大根などを備えておくと良いらしい。

後は卓上コンロ、ガスボンベは必需品。ちょっとした料理でも家庭で一手間加えた料理は心の安らぎになるそうです。

重宝するのがサランラップ。

水が使えないので、お皿にラップをしけば洗う必要無し。食中毒を防ぐためにも役立ちます。

ポータブルトイレは市販でもあるけど、工夫すればペットボトルや新聞紙でも代用できる。

非常用持ち出し袋は押し入れにしまいこんで、持ち出せなかった人が多くて、防災ベスト、釣り用のポケットがたくさんあるベストに必要なものを入れて玄関に置いておく。

防災頭巾を手作りし、ポケットをつけて必要なものを入れて玄関に置くと良い。

そりゃそうだよね。我が家も持ち出し袋の位置を見直さなきゃねと思った。

お楽しみの試食はジャガリコを水でもどして作ったポテトサラダ、ミカン缶の汁でカットワカメと切り干し大根をもどしたサラダ、パン缶。どれも美味しかったです。

災害が起きたらどうするか?普段から備えてシュミレーションしておくことが大事だと勉強になりました。
  


Posted by つむたい at 23:36Comments(0)新婦人 豊橋支部活動

2014年09月28日

豊橋母親大会記念講演『巨大津波その時ひとはどう動いたか』

今日は第25回豊橋母親大会。

記念講演は『巨大津波 その時ひとはどう動いたか』NHKエンタープライズ ディレクター大島孝之さん

東日本大震災の2日後に仙台の閖上地区に取材に入った大島さん。

家族の安否を確認する貼紙を見た彼は、それをデジカメで写し取り安否を地図に落とし込む。

そこから見えてきたものは…

閖上地区を津波が襲ったのは、震災から約一時間経過した頃だったそうです。

その一時間の間、閖上地区の人たちがどのように行動したか。

津波が襲った時、閖上地区の人は逃げなかった。津波が襲う直前まで家にいた人さえもいた。

それは何故か?

そこに人間の本質が現れる。

自分は何となく大丈夫=正常性バイアスが働くのだそうだ。閖上地区は防災無線が壊れ、無線が流れなかったというのもそれにわをかけた。

家に入れば何となくいつもと同じ安心感。近所の人と話すこでさらに安心してしまう。

間近に迫る黒い壁のような津波を見て、初めて現実を知り逃げても遅かった。

ニコニコ笑う赤ちゃんを抱いたお母さんの写真。

なんでこんなとこにあるの?

ひいおばあちゃんが家にいたほうが安全だと言って家にいて二人とも流されてしまった。

避難所まで逃げて安心した親子はわずかな差で息子さんだけ流されてしまった。

なぜあの時はあんなことをしてしまったなだろう。自分の判断ミスで失った大切な家族。

生々しくて悲しかった。

自分はどうだろう?いつか東海大地震が起きると言われている。

どこに逃げるか?そこは安全か知っているか。

外出先だったら?

家族の安否は?

自分だけは大丈夫という正常性バイアスに騙されないようにしないといけないなと思った。
  


Posted by つむたい at 22:29Comments(0)新婦人 豊橋支部活動

2014年09月22日

『もう限界!親も子も悲鳴 新婦人 高校・大学教育費アンケート』

昨日は校区の運動会、一日外にいてヘロヘロ。月曜病の息子は今日もギャン泣きでした。

『もう限界!親も子も悲鳴 新婦人 高校・大学教育費アンケート』

新日本婦人の会は19日、高校・大学教育費アンケート結果の記者発表をおこないました。47都道府県740人から寄せられた947人分の実態から、日本の教育費の異常さがあらためて明らかになりました。

14日、子どもたちが同じ中学やサッカークラブ仲間だったママたち3人が久しぶりに集まっておしゃべり。高すぎる教育費に話題が及ぶと、話がつきません。

Mさん(53)は現在大学生2人の奨学金が1200万円、返済時の利子を合わせると途方もない額になります。

「子どもたちは進学塾に行かなかったし、高校の時からバイト。50分かけて自転車通学など、涙ぐましい努力も。奨学金は給付型に、せめて利子がつかないものにしてほしい」

服飾系の専門学校に通う娘がいるYさん(50)は、「授業料は年間100万円。交通費も月1万円は超える。下の子が高校生で、大学進学を考えると仕事を辞めるわけにもいかず、家計のやりくりも限界」と話します。

今日もパートだったというKさんは(48)は、「大学4年生の子が下宿生活になり、家賃は5万円。授業料の半分は奨学金でまかない、近くに住む祖父母の援助も。下に中学生の子もいるので、パートの時間を増やしたの。外国では授業料が無料なのに、日本はおかしいね」。

貧困と格差が広がり、教育を受ける子どもの権利が脅かされるもとで実施された今回の教育費アンケート。教育費の異常な高さが家庭にどれほどの苦悩をもたらしているか、日本が抱えている問題の深刻さを浮き彫りにするものとなりました。

アンケートは、高校、大学とも、高い初年度納入金や授業料の他に、交通費や下宿代、教科書や電子辞書、パソコンなどの教育費の負担が重くのしかかっている実態を浮き立たせました。

「三つのパートをかけもち」「貯金がなくなった。自分が倒れたらどうなるのか」「東京の私大に通う娘、奨学金と本人のバイトだけで仕送りなし。ちゃんと食事ができているのか」など、教育費のために、親も子も、家庭もぎりぎりの生活に追い込まれ、悲鳴をあげています。

アンケート回答者の家計収入は500万円未満が4割にのぼり、この間の勤労世帯の収入減を反映しています。

こんな時こそ、奨学金が利用されるべきなのに、奨学金を受けている大学生は28.2%、この間、奨学金制度が崩され、利子のついた多額の返済や卒業後の就職難への不安から借りたくても利用できない事情がみてとれます。奨学金制度の改善を求める声があふれていました。

自由記入欄には、回答者の48%が、実情や不安、要望まで多岐にわたる書き込みをしています。一番多かったコメントは、学費・授業料(42%)、ついで奨学金(30%)、就職・就活(21%)で、これらは関連しあっています。

「卒業できるのか(授業料納入の件で)不安を抱えながらの通学」、絶対に自分が倒れられないなど、ひとり親世帯の特別な困難な実態も告発されています。高等教育の無償化は、世界の流れです。

日本国憲法第26条までは、すべての国民が、等しく教育を受ける権利を定めています。高等教育の無償化は世界の流れです。授業料有償で給付制奨学金もないのは日本だけ。新婦人は教育予算をOECD並みにと求めています。

新婦人は秋の行動で軍事費削って、くらし福祉・教育の充実をと「教育費負担の大幅な軽減を求める」署名をはじめ、3種類の署名、多彩な行動をスタートさせています。
  


2014年09月16日

『らいてうと白蓮「家」制度に反逆して 女性史研究者 折井美耶子』

今日は祝日、子どもは休み。昨日のうたう仲間のフェスティバルで転がり込んできた県大会出場への対応でバタバタf^_^;

今週の新婦人しんぶんの☆勝手にピックアップ☆9月18日号

『らいてうと白蓮「家」制度に反逆して』
 女性史研究者 折井美耶子

 NHK朝の連続テレビドラマ「花子とアン」に登場する白蓮が注目を集めています。

この柳原白蓮、1885(明治18)年10月15日生まれ、父の柳原前光伯爵に誕生の知らせが届いたのは鹿鳴館の夜会の席上だったといわれ、その華やかな光にちなんであき子と名づけられました。平塚らいてうは1868(明治19)年2月10日生まれ、父は会計検査院の官吏平塚定二郎で、姉の孝につづいて明(はる)と名付けられました。らいてうは早生まれで二人は同学年、境遇はちょっと違いますが、同じ時代の空気を吸って育ちました。「家」制度のもとで、女は一人の人間としてではなく嫁・妻・母としての役割のみを果たすことが求められる明治民法が制定されたのは1896年(明治29)年、彼女たちが思春期を迎えるころでした。

白蓮の生母は柳橋の芸妓で、生後7日目に本邸に引き取られましたが、まもなく里子に出され、学齢になると本邸に戻ります。しかしここでの生活も2年ほどで、遠戚にあたる北小路子爵の養女に出され、やがてそこの長男資武ともうすぐ15歳という幼さで結婚させられます。翌年功光を生み、一家で京都に転居しますが、子どもは溺愛する姑に取り上げられ、知人もいない京都で白蓮は孤独な日々を過ごし、東京に帰りたいと強く訴えて、ようやく離婚が成立します。子どもは北小路家の後継として婚家に残してこざるをえませんでした。

このとき白蓮はまだ20歳、「出戻り」という蔑視に耐え、学校に行きたいと切望して東洋英和女学校に入ることができました。ここからドラマに登場し、花子との友情が生まれるのです。

波乱に満ちた生い立ちの白蓮と比べて、らいてうは愛情深い両親のもとで何不自由なく育ちます。利発だったらいてうは幼いころから物事を深く考える性質で、御茶の水高女の良妻賢母教育に反発し、「女子を人として教育する」を理念とした成瀬仁蔵の日本女子大に入学を願いますが、父は許さず母の口添えでようやく入ることができました。

そのころから「人間とは何か、生きるとは」というらいてうの「精神の彷徨」が始まり、座禅修業ののち見性して、自由な心境のもと森田草平との「塩原事件」をおこします。らいてうにとってそれは「わが生涯の体系を貫徹す」という禅的行動でしたが、世間からはスキャンダルとして扱われ、人として自由に生きることの壁を痛感します。

その後、日本で初めての女性による女性の雑誌『青鞜』を創刊。その「元始、女性は太陽であった」は、当時の若い女性たちの心を揺さぶります。このときはじめて「らいてう」という雅号を用いました。やがて奥村博史と恋愛をして、明治民法の「家」制度を否定した結婚―「愛の共同生活」を始めます。1914(大正3)年、らいてう28歳のときです。2人の子をもうけますが、親の家から独立した「平塚明」の戸籍に「私生子」として入籍。そこには一人の人間として生きるという強い意思が働いていました。

白蓮は東洋英和女学校を卒業しましたが、兄伯爵の強制によって25も歳の離れた九州の炭鉱王と再婚させられます。苦痛に満ちた結婚生活のなかで短歌を詠み、「白蓮」という雅号で発表を始めます。やがて宮崎隆介と恋愛して家出しますが、妻の恋愛は「姦通罪」として裁かれることから、大事件となりました。1921(大正10)年、白蓮36歳、らいてうの結婚より7年あとのことでした。しかし愛貫いて新生活を開始し、二子をもうけます。らいてうは「柳原あき子さん」と題して「あき子さんの新生活を祝福し、自由を得られたあき子さんがそれに伴う責任を自覚され…十分強くなられることを祈る」と書きました。大正デモクラシーの真っただ中、女性の人格を否定した「家」制度に反発し、家出する女性が増えてきた時代でした。

その後、ふたりとも筆一本で生活を支えるために苦闘する時代がありましたが、何よりも愛情で結ばれた生活は心豊かでした。しかし戦争は彼女たちの生活にも影を落とします。らいてうは長男敦史が「私生子」のため不利な扱いを受け、二等兵として最前線に送り出されることをよしとせず、奥村家に入籍。敦史は技術将校として戦争に臨み、あき子の長男香織は学徒出陣で、終戦4日前に亡くなってしまいました。

戦争が終わって新憲法の下、彼女たちを苦しめた民法が改正され「家」制度はなくなりました。二人にとって戦後の大きな課題は平和でした。白蓮は1946(昭和21)年、ラジオで戦争のため子どもを亡くした母たちに語りかけたことわきっかけに「非母の会」を結成し、全国を講演してまわる活動を開始しました。最近講演先で詠んだ歌が発見されて話題になりました。やがて外国人を含む「国際非母の会」となり、湯川秀樹らの世界連邦建設運動に参加します。

らいてうは平和憲法の誕生を心から歓迎し、世界連邦建設同盟に入会しますが、この運動にあきたらず自ら行動を起こします。1950(昭和25)年講和条約締結にあたって「非武装国日本女性の講和問題についての希望要項」を起草し、米国務省顧問ダレスに渡します。その後は平和への行動を積極的に起こし、新日本婦人の会発足(1962年)にあたっては呼びかけ人となりました。1970年死去の1年前、病をおして安保反対の出もを成城で行ったことはよく知られています。

らいてう、白蓮に共通するところは、時代の枠を破って、人間らしく自分らしく生きることを強く希求し行動し、その人生を全うしたところにあると思います。
  


2014年09月15日

コーラスハーモニー 県合発に行くことに

昨日は東三河うたう仲間のフェスティバルでした。

本番に強い?コーラス ハーモニーは、ほかの団体は上手いとこばかりだからと、のんびりするかと和やかに歌いきり、県合発への準推薦と『和気あいあいて賞』をいただきました。

それで、うたごえの合唱発表会は終わったはずだったのですが…

推薦団体の一つが出場辞退して、県合発への切符が手に入った(°□°;)




(゜∀゜;ノ)ノ
え〜どうするの

今日の新聞仕分けでメンバーに会うので、相談。

とりあえず、指揮者と伴奏者は確保。出る方向であちこちに連絡だよ〜(>_<)

だって、次の練習日だと県合発終わっちゃうんだもん。さすがに何も練習せずに県には行けない(>_<)

想定外の出来事にワタワタしましたが、10月11日刈谷の県合発に行くぞ〜(^◇^)┛

私も子守しながら留守番してくれる旦那 に言わなきゃね。

「えっ 俺を置いて県に行くの?(>_<)」

って言われそう(-"-;)
  


Posted by つむたい at 13:58Comments(0)新婦人コーラス

2014年09月11日

おしゃべりママ☆9月報告

いや〜 夜中の雷はすごかった。ちょうど布団に入って寝ようかって時にゴロゴロっ! ピカー(>_<)

うちのアスペ長女が起きてパニクって

「わたし わたし やっぱり雷さんとはお友達になれない〜(>_<)」

と言ったと話したら

「いやいや お友達にならなくても良いから(-"-;)」

って突っ込まれてスタート。

まあ なぜお友達かと言うと、彼女が3歳くらいの時、同じような状況の時

「雷さんがお友達になりたいって言ってるんだよ」

って納得させた伏線がf^_^;

それ以来、怒鳴りつけてくる?雷さんと友達になろうと彼女なりに努力してきたのがここで決裂したわけですよ。

しかし、純粋に信じてたんだな〜6年あまりも。

子どもが信じるつながりで、季節外れのサンタさんの話。

うちの小学3年生、全く疑わずに信じてます。

お相手の先輩ママの家は

「サンタさんはね、ほんとに困った子のとこに来るんだよ。うちは屋根もあってご飯も食べれるでしょ、だから来ないんだよ」

そ〜言って、プレゼント無しだったんだって。

「でも〇〇ちゃん家も△△ちゃん家もサンタさん来るよ?」

「よその家庭にはそれぞれ言えない事情があるんだよ…」

だって イベントってお金かかるんだもん!(b^ー°)

しかし、昨日の雷雨は広島の豪雨を思ったね。めったにない事だけど、ほんとに避難勧告出たら、激しい雷雨の中、怯える姉ちゃん抱えて避難か〜(-"-;)と考えたらゾッとしたね。

しかし、近ごろの異常な雨は他人事とは思えない(>_<)

ここで宣伝

9月28日(日)13時00〜15時00

豊橋母親大会
『巨大津波 その時ひとはどう動いたか』
NHKエンタープライズ ディレクター大島孝之さん
参加費 500円、託児あり

15時15分〜16時30分

1 講師を囲んで座談会
2 地域につながる防災と福島(乳幼児、高齢者、障がい者を守るには)
3 災害へのそなえいろいろ(非常食の試食、工夫いっぱい防災頭巾、非常持ち出し袋にこれだけは…)

問い合わせ
第25回母親大会実行委員会(新婦人豊橋支部)

(0532)64‐7143
  


Posted by つむたい at 22:19Comments(0)おしゃべりママ 子育て

2014年09月08日

『嫌なことをされたとき 幼児期からの性教育5』

今日は月曜日。月曜日と言えば月曜病(-"-;)いつになったらニコニコと学校に行ってくれるかなf^_^;

今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆9月11日号

『嫌なことをされたとき 幼児期からの性教育5』

子どもたちの暮らしは、地域では性被害、学校では性的いじめ、家庭では性的虐待など、いつでも、どこでも、誰でも性的人権が侵害される可能性の中にあります。

公園で「私の飼っている子犬が迷子になったので、いっしょに探してくれない?あのトイレの裏の方に逃げたんだけど…」という誘いに、子どもたちは平均35秒でだまされてしまうという実験結果があります。学校では性的いじめはだんだんと陰湿で深刻になっています。自らの「からだの権利」を守るちからを子どもたちにはぐくむことがおとな・教育の課題としてあります。

性被害に対して、まずファーストコンタクトに適切な対応ができるかどうかが重要です。性器やからだの学習がないまま、プライベートパーツ(口、胸、肛門、性器)を特定して教えるだけでは効果はあまりありません。むしろ小さい子どもたちはからだをコントロールされる状況になってしまえば、あとは加害者の思い通りになってしまいます。

性被害をプライベートパーツへの接触に限定するよりも、からだすべてが私だけのもので、いやなことをされたら、「やめて!」ということ、すぐその場から逃げることが大事なこと、そのうえでできるだけ早く身近なおとな(親、先生、学童保育指導員など)に出来事を話すことを、日頃から繰り返し伝えておくことにしましょう。

性被害に抵抗・拒絶するためのコミュニケーションのスキルを伝えることが大切です。性的虐待には、直にからだにさわる接触虐待だけではなく、写真の被写体にするなどの非接触虐待もあります。実際に子どもたちが性被害から自分を守るちからをはぐくむという点から、大声での「わ〜」「おまわりさ〜ん」の叫び声が有効です。「きゃー」「たすけてー」では日常的な騒音やふざけに聞き取られやすく、非日常的な「わ〜」や「おまわりさ〜ん」の叫び声の方が危険を受けとめてもらえる点で効果的なのです。

「国際性教育実践ガイダンス(International Technical Guidelines on Sexuality Education,2009)で、性教育の推進がユネスコやWHOなどの国際4団体から提示され、性教育の基本方向と内容は明確に示されています。

性を学ぶことは、人間の形成に必要なちからです。世界の教育や子育ては、性を語ることを子どもの発達保障の課題として位置づけて取り組んでいます。わが国も世界の大きな流れに合流し、子ども・人間を大切にする国になるために性教育を本格的に教育現場に根付かせていきたいものです。(浅井春夫“人間と性”教育研究協議会代表幹事、立教大学コミュニティ福祉学部教授)
  


2014年09月08日

手作り・リフォーム小組 痩せるから

今日は別の会議があったのとDさんしかいない(T_T)

と 言う私も会議に出席f^_^;

ここからは聞いた話でございますm(_ _)m

Dさんは今度はタイトスカートに挑戦。

「痩せるから(>_<)って小さめで作り出すんだよ」

「そうしたら講師が臍の下にタオルを置いて、グッと伸びると内臓が持ち上がってウェストが細くなるって話題になって」

まてまてまて〜そもそもなんでちょっと無理目なサイズで作るんだい(°□°;)

「だってDさんがLサイズより上なんてヤダッて言うんだもん」

オイ(-"-;)

良いのか?それで…


はたしてDさんは見事、痩せてスカートが掃けるでしょうか(・◇・)?

私なら頑張らずにウェスト出しちゃうなぁ。あっ(°□°;)だから痩せないのかf^_^;

同じく会議に出て、小組に参加できなかったMさんが

「あ〜あ 今日はブラウス作るつもりだったのになぁ…」

次回は

9月29日(月)13時30分〜
岩田校区市民館

問い合わせ
新婦人豊橋支部
朝丘町132 すこやかプラザ202
(0532)64‐7143

いつでも見学大歓迎!(b^ー°)
  


Posted by つむたい at 17:09Comments(0)手作り・リフォーム小組

2014年09月06日

新婦人コーラス ハーモニー 9月報告

ハーモニー 燃えてますo(`▽´)o

来週の地区合発にむけてメラメラと。

今日は校区の運動会の用意で、ピアノのある部屋が借りられなくて、図書室にキーボードを持ち込みました。

でも、やっぱり音が違う(-"-;)

規定時間は6分30秒。オーバーしないように時間も計ります。

歌う曲は

『みんなのなかへ』
『ビリーブ』

『みんなのなかへ』はとりあえず、なんとかなりそうだけど、『ビリーブ』が酷い。

如何せん、1ヶ月に1度の練習だから、自信のないのが滲み出てる(T_T)

しかし面白いね〜そういう気分が音に影響。思わず

「音がめりこんどる!ビリーブなのに希望がない(>_<)」

そう叫んでしまった。

そうこうしている間にピアノの部屋に移動。

「もう時間ないんだから、音じゃなくて 笑顔で勝負だ〜(^∀^)ノ」

練習するうちにだんだんまとまって、なんとか形になりました。この状態をそのまま発表に持っていけたらなぁ。

さぁ来週の地区合発どうなるかな?地区合発を大穴で突破して、県合発に行くぞ〜(^∀^)ノ

次回の練習は

10月18日2時〜

東田校区市民館

問い合わせ
新婦人豊橋支部
朝丘町132 すこやかプラザ202(0532)64‐7143

その前に地区合発だ〜!頑張るぞ〜!(b^ー°)
  


Posted by つむたい at 20:53Comments(0)新婦人コーラス

2014年09月01日

『土砂災害 急がれる被災者支援 広島安佐南支部緊急レポート』

今日から9月、長かった夏休みも終わりです。一年生の息子は学校が嫌で大暴れ、これは仕分けに間に合わないか…と思いましたがなんとかなりました。

今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆9月4日号

『土砂災害 急がれる被災者支援 広島安佐南支部緊急レポート』
大型開発優先の人災

8月10日夜から20日未明にかけての集中豪雨により安佐南区で大規模な土石流が発生。会員・読者が多く居住する「八木、梅林、緑井地区が被災」との朝のニュースの映像に、支部長、事務局長は無事かとあわてて携帯を握りなおしました。電話の向こうで事務局長の無事との声を聞き安心したものの、「お隣りが流されてしまった…」との絞り出すような声に大変な事態が起こってしまったと、すぐ安否確認に入る準備を始め、県本部に出向き対策会議に参加しました。

支部の役員が被災し、どのような支援をするのか県本部とも相談したうえで緊急の支部委員会を開いて、最優先で安否確認に入ることを決めました。二人一組で、避難所の小学校を訪問しましたが、すでに子どもたちの家に身を寄せていたりと会員に会うことはできませんでした。でも、泥で埋まった道路や住宅地を目の前にして一刻も早く支援をと確認し合いました。

22日からは、ふたたび避難所を訪ね、名簿に名前を見つけるたびにほっとした気持ちになりました。しかし避難所は危うく被災を免れた方がたばかりで、何かありませんかと言っても「何も考えられない。今はわからない…」との答えに、体は無事であっても家族を失った人や未明の突然の災害で心に大きな傷を負って生活されているようでした。

会員・読者とも全員無事との知らせに安堵しましたが、多くの会員の家は床上、床下まで泥流に埋まり、避難を余儀なくされています。

降り続く雷雨に20日午前0時過ぎまで起きていた八木2丁目のSさんは、ほえ続けていた愛犬が急にほえなくなり、不安を感じて外に出るとガラガラと落ちる岩石と泥流に危険を感じ、豪雨の中いち早く避難。その直後、土石流が家に流れ込み、危うく難を逃れました。

同じく午前3時過ぎ緑井7丁目のOさんは、2階で寝ていて「ドーン」というものすごい音に夫と「雷が落ちたんかね」と話していました。窓からようすを見て異変に気づき、真っ暗ななか1階に下りると、家の中に泥が入り、玄関は土砂と流木の山で埋まり、お隣りの家は流れていました。慌てて貴重品を持ってでたものの道路は陥没し、裏道から避難所へ向かったとのこと。2人とも家は土砂で埋まってしまったが、助かった命を大切にしたいと話していました。

新婦人しんぶんを手に自宅で泥のかきだし作業をされている読者を訪ねると「大丈夫です。床の上には上がらなかったんですよ」と気丈に話されていますが、周辺は土のう袋が何十個も詰まれ山から流れ続ける泥流に足をとられそうになるなど、高齢者には危険な状況でした。泥のかき出し作業にも参加しましたが家屋の被害はもちろんですが、アスファルトがえぐられ川のようになった道路の復旧が進まない限り、元の生活を取り戻すことは困難のようでした。

ここ八木、梅林、緑井地区は安佐南支部の地域の要求の拠点として多くの会員、読者を迎え活動してきた地域です。急な坂があるもののバスやJRが通る国道までの距離が短く便利な住宅地でした。ほんの1ヶ月前までこの地域に54年間住み、地域の要求に奔走してきたHさんは「災害の危険について県や市に要求するとこはなかった。警戒区域の指定がなされていれば早急な砂坊ダムの建設要求も出せたのに、今は本当に悔しい思いでいっぱい」と話していました。

被災者の「生活再建が最優先です。さらに、大型開発の予算編成がなされる県や市の姿勢を、住民の命を守る予算に切り替えさせるために、会員、読者、地域の方がたと一緒に運動を進めていきたいと思っています。