2015年11月30日
『日本初の女性報道写真家 笹本恒子さん 101歳 わたくしの「欲張り」は変わりません』
さて11月ももう終わり。いよいよ今年の終わりも近づいてきました。急に寒くなったしね。新婦人は12/4日の県大会に向けて忙しい日々を過ごしております。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆12月3日号
『日本初の女性報道写真家 笹本恒子さん 101歳 わたくしの「欲張り」は変わりません』
日本初の女性報道写真家、笹本恒子さんは、今も現役で活躍しています。新刊『好奇心ガール、いま101歳』(小学館文庫)を出版し、現在は金沢21世紀美術館(石川県)で、激動の昭和と、その時代を力強く生きた人物像、写真180点余で振り返る写真展が開催中です。
今年9月で万101歳になりました。
100歳になるまで入院したことはなかったんです。それが一人暮らしのマンションで転倒して、骨を折っちゃった。
100歳を超えてのリハビリ、復活、老人ホームへの入所という顛末は、新書に書いたのですが、図々しすぎて、みんなびっくりしているの。わたくしはいくつになっても、どんな状態になっても欲張りなのです。
少女のころの望みは、絵描きになること、それがだめなら小説家か新聞記者になりたかったんです。写真の道に入ったのは、東京日日新聞(現・毎日新聞)でカットを描くアルバイトをしていたころ、ちょっとのぞきにいった写真協会(財団法人)で、「日本にはまだ女性の報道写真家はいません。あなた、やってみませんか?」と、設立者の林謙一さんに誘われたのがきっかけです。まさに、好奇心。日中戦争たけなわの1940年(昭和15年)に入社しました。
「女性の目で見てください」。入った時、林さんはこう言われました。10代のころ、作品を持って画家の三岸節子さん(1905~1999)を訪ねたとき、なにも男の真似をしなくてもいいのよ」と同じようなことを言われたのを思い出しました。以来、いつも2人の言葉を考えながら写真を撮ってきました。わたくしの原点ですね。
1960年(昭和35年)三井三池炭鉱の解雇撤回闘争を取材しようと、単身、九州へ行った時も。わたくしの撮りたいのは女性たちでした。お父さんたちと一緒にたたかう女性たちの姿は謙虚だけどたくましい。ストライキ中は1日100円とか、一生懸命に倹約してお食事の支度をしていらした。そういう中で、新聞の中に梅の花を包んだものを大事そうに抱えているんです。割ぽう着着て、はちまきしているんですよ。節約した暮らしの中でもおひなさまのお花を買う。あっ、これは女性の姿だと思いました。
戦後はフリーになり、激動の時代を撮り続けてきましたが、やむを得ず写真から距離を置いて過ごした時代もありました。
1985年(昭和60年)、昭和という時代が〝還暦”を迎えた年に、室生犀星や井伏鱒二さん、撮りためてきた昭和史を彩った人たちの写真展を開き、30年近くを経て、やっと復活できました。当時71歳、同世代の人たちがリタイアするときですね。もう一度、カメラを手にしたわたくしが、ぜひ撮りたいと思ったのは、明治生まれの女性たちでした。
終戦後、新憲法が発布されるまで、女性には選挙権も被選挙権もなく、「女・子ども」とひとくくりにされていました。そんな男尊女卑の時代に、明治の女たちは時には子どもをおぶって家事をしながら仕事をし、戦後を迎えたときにはすでに、画家、作家、声楽家として名を上げている人がたくさんいたのです。大正生まれの私が、これを残しておかなくてはと、図書館に通って、役100人を取材しました。
櫛田ふきさん(日本婦人団体連合会元会長 新日本婦人代表委員)も、撮らせていただいたそんな一人。櫛田さんとは、戦後のいっとき嘱託として働かせていただいた婦人民主しんぶん(宮本百合子らが結成した婦人民主クラブの機関紙)時代に知り合い、「あら、あなたが写真も記事も両方やってくれるの。うれしいわ」なんてずいぶんよくしてくださいました。
櫛田さんは、9条を守ろうって、懐にいつも憲法のしおりを入れていて、私もいただきました。
戦争放棄は本当に大切です。人殺しですから、戦争は。安保関連法案をめぐる国会行動で若い人たちが立ち上がる姿を見て、日本も捨てたものではないと思いました。わたくしも足が悪くなければ行きたかったですね。
もういくつだわなんて考えたらおしまい。何歳からでも学べるし、してきたことで無駄になることは一つもありません。
いくつになってもときめいて生きたいですね。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆12月3日号
『日本初の女性報道写真家 笹本恒子さん 101歳 わたくしの「欲張り」は変わりません』
日本初の女性報道写真家、笹本恒子さんは、今も現役で活躍しています。新刊『好奇心ガール、いま101歳』(小学館文庫)を出版し、現在は金沢21世紀美術館(石川県)で、激動の昭和と、その時代を力強く生きた人物像、写真180点余で振り返る写真展が開催中です。
今年9月で万101歳になりました。
100歳になるまで入院したことはなかったんです。それが一人暮らしのマンションで転倒して、骨を折っちゃった。
100歳を超えてのリハビリ、復活、老人ホームへの入所という顛末は、新書に書いたのですが、図々しすぎて、みんなびっくりしているの。わたくしはいくつになっても、どんな状態になっても欲張りなのです。
少女のころの望みは、絵描きになること、それがだめなら小説家か新聞記者になりたかったんです。写真の道に入ったのは、東京日日新聞(現・毎日新聞)でカットを描くアルバイトをしていたころ、ちょっとのぞきにいった写真協会(財団法人)で、「日本にはまだ女性の報道写真家はいません。あなた、やってみませんか?」と、設立者の林謙一さんに誘われたのがきっかけです。まさに、好奇心。日中戦争たけなわの1940年(昭和15年)に入社しました。
「女性の目で見てください」。入った時、林さんはこう言われました。10代のころ、作品を持って画家の三岸節子さん(1905~1999)を訪ねたとき、なにも男の真似をしなくてもいいのよ」と同じようなことを言われたのを思い出しました。以来、いつも2人の言葉を考えながら写真を撮ってきました。わたくしの原点ですね。
1960年(昭和35年)三井三池炭鉱の解雇撤回闘争を取材しようと、単身、九州へ行った時も。わたくしの撮りたいのは女性たちでした。お父さんたちと一緒にたたかう女性たちの姿は謙虚だけどたくましい。ストライキ中は1日100円とか、一生懸命に倹約してお食事の支度をしていらした。そういう中で、新聞の中に梅の花を包んだものを大事そうに抱えているんです。割ぽう着着て、はちまきしているんですよ。節約した暮らしの中でもおひなさまのお花を買う。あっ、これは女性の姿だと思いました。
戦後はフリーになり、激動の時代を撮り続けてきましたが、やむを得ず写真から距離を置いて過ごした時代もありました。
1985年(昭和60年)、昭和という時代が〝還暦”を迎えた年に、室生犀星や井伏鱒二さん、撮りためてきた昭和史を彩った人たちの写真展を開き、30年近くを経て、やっと復活できました。当時71歳、同世代の人たちがリタイアするときですね。もう一度、カメラを手にしたわたくしが、ぜひ撮りたいと思ったのは、明治生まれの女性たちでした。
終戦後、新憲法が発布されるまで、女性には選挙権も被選挙権もなく、「女・子ども」とひとくくりにされていました。そんな男尊女卑の時代に、明治の女たちは時には子どもをおぶって家事をしながら仕事をし、戦後を迎えたときにはすでに、画家、作家、声楽家として名を上げている人がたくさんいたのです。大正生まれの私が、これを残しておかなくてはと、図書館に通って、役100人を取材しました。
櫛田ふきさん(日本婦人団体連合会元会長 新日本婦人代表委員)も、撮らせていただいたそんな一人。櫛田さんとは、戦後のいっとき嘱託として働かせていただいた婦人民主しんぶん(宮本百合子らが結成した婦人民主クラブの機関紙)時代に知り合い、「あら、あなたが写真も記事も両方やってくれるの。うれしいわ」なんてずいぶんよくしてくださいました。
櫛田さんは、9条を守ろうって、懐にいつも憲法のしおりを入れていて、私もいただきました。
戦争放棄は本当に大切です。人殺しですから、戦争は。安保関連法案をめぐる国会行動で若い人たちが立ち上がる姿を見て、日本も捨てたものではないと思いました。わたくしも足が悪くなければ行きたかったですね。
もういくつだわなんて考えたらおしまい。何歳からでも学べるし、してきたことで無駄になることは一つもありません。
いくつになってもときめいて生きたいですね。
2015年11月28日
コーラスハーモニー11月報告
今日はコーラスハーモニーの日でした。
しか~し なにか予定が重なってしまったようで、来たのはピアニスト入れて4人。今までにない事態にちょっとびっくり。今では少なくても7~8人来たのにな。
ちっ 今日は私の誕生日をみんなで祝ってくれる(勝手に思ってる)はずだったのに。
さて、4人でどうしようってことになったんだけど、先週日本ガイシホールで行われた日本のうたごえ祭典の練習裏話や、ホールで迷子になって本番間に合わなかった話で盛り上がる。
日本ガイシホール、大きくてね。しかもパートごとに分けられちゃうから、生き別れの親子、夫婦が「うちの○○見なかった?」とさ迷い歩いてたと言う…なんだかねぇf(^_^;
とりあえず、今日は歌う人は3人だけだから、好きな歌歌おうよって事で(*´ω`*)
しかも、けっこうドップリうたごえや労働歌に浸かってる古いメンバーばかりだから…
とりあえず『十二の誕生日に』歌って
夏川りみが歌ってる『童神』
そして『ウラルのぐみの木』
ここから、燃え上がった~\(^o^)/
普段はみんなが歌える一般的な童謡をリクエストするんだけど、うたごえやってなきゃ知らないような歌を「これ知ってる?」ってな具合で歌っていきました。
初見で弾いてくれるピアニストさんご苦労様です。
題して、うた茶などで、絶対にリクエストされない歌大会。
『星よおまえは』
『風』
『くわばたけ』
『風花』
『私の子どもたちへ』
『心はいつも夜明けだ』
『あらぐさのうた』
『未来』
『芦別の雪の中を』
もう、なんかねぇ、一人が持ってた1枚の楽譜をみんなで見ながら歌う状態でノリノリで歌っていたので、メモするのも忘れて、若干タイトル違うかもしれません。漢字表記とか。しかも何曲か落ちてるかも。
それくらい気持ち良く歌えたってことで。いや、いつもの例会がつまらないってことは無いんだけどね。たまにはこれは40年くらい前に労働運動で盛り上がったんだよって、古いコアな歌とかも歌いたいのよね。
あなたは何歳になったんですか?と言われそうだけどf(^_^;
うたごえ運動に足を突っ込んだのが早かったから、年齢の割りには古い歌も知ってるんだよね。
そういうわけで、少ない人数でもとても楽しい時間を過ごせました。
次回は12月26日2時~ 東田校駈市民館
今度はみんな来てくれるかな?
いつでも見学大歓迎です\(^o^)/
しか~し なにか予定が重なってしまったようで、来たのはピアニスト入れて4人。今までにない事態にちょっとびっくり。今では少なくても7~8人来たのにな。
ちっ 今日は私の誕生日をみんなで祝ってくれる(勝手に思ってる)はずだったのに。
さて、4人でどうしようってことになったんだけど、先週日本ガイシホールで行われた日本のうたごえ祭典の練習裏話や、ホールで迷子になって本番間に合わなかった話で盛り上がる。
日本ガイシホール、大きくてね。しかもパートごとに分けられちゃうから、生き別れの親子、夫婦が「うちの○○見なかった?」とさ迷い歩いてたと言う…なんだかねぇf(^_^;
とりあえず、今日は歌う人は3人だけだから、好きな歌歌おうよって事で(*´ω`*)
しかも、けっこうドップリうたごえや労働歌に浸かってる古いメンバーばかりだから…
とりあえず『十二の誕生日に』歌って
夏川りみが歌ってる『童神』
そして『ウラルのぐみの木』
ここから、燃え上がった~\(^o^)/
普段はみんなが歌える一般的な童謡をリクエストするんだけど、うたごえやってなきゃ知らないような歌を「これ知ってる?」ってな具合で歌っていきました。
初見で弾いてくれるピアニストさんご苦労様です。
題して、うた茶などで、絶対にリクエストされない歌大会。
『星よおまえは』
『風』
『くわばたけ』
『風花』
『私の子どもたちへ』
『心はいつも夜明けだ』
『あらぐさのうた』
『未来』
『芦別の雪の中を』
もう、なんかねぇ、一人が持ってた1枚の楽譜をみんなで見ながら歌う状態でノリノリで歌っていたので、メモするのも忘れて、若干タイトル違うかもしれません。漢字表記とか。しかも何曲か落ちてるかも。
それくらい気持ち良く歌えたってことで。いや、いつもの例会がつまらないってことは無いんだけどね。たまにはこれは40年くらい前に労働運動で盛り上がったんだよって、古いコアな歌とかも歌いたいのよね。
あなたは何歳になったんですか?と言われそうだけどf(^_^;
うたごえ運動に足を突っ込んだのが早かったから、年齢の割りには古い歌も知ってるんだよね。
そういうわけで、少ない人数でもとても楽しい時間を過ごせました。
次回は12月26日2時~ 東田校駈市民館
今度はみんな来てくれるかな?
いつでも見学大歓迎です\(^o^)/
2015年11月23日
『平和と希望を込めて 合唱構成「ぞうれっしゃがやってきた」のイラストを描いた山岡小麦さん』
11月22日、日本ガイシホールで開かれた日本のうたごえ祭典in愛知に参加してきました。作曲者大西進さんの指揮で歌う『青い空は』と『ぞうれっしゃがやってきた』に参加したのですが、人は多いし、会場は広いしで、青い空は歌ってぞうれっしゃまでの流がわからず、ギリギリになり焦りました。誰かを頼らずに、自分の行動は自分で把握しとけってことだよなあ…。まあ、無事に終わって良かったということで。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆11月26日号
『平和と希望を込めて 合唱構成「ぞうれっしゃがやってきた」のイラストを描いた山岡小麦さん』
合唱構成「ぞうれっしゃがやってきた」をもとに、イラストと歌でつづる動く絵本「ぞうれっしゃがやってきた」(DVD付き)が出版されました。制作に参加したイラストレーターの山岡小麦さんに聞きました。
娘が8歳のとき埼玉県川口市の「ぞうれっしゃ合唱団」に親子で参加したことがありました。今回イラストの依頼を受けたとき、「ぞうれっしゃ」を歌ったころの思いがよみがえってきました。
「ぞうれっしゃがやってきた」は原作者の小出隆司さんが小学校の教員時代に取材して教材用にまとめた、戦中、戦後の実話です。それを元に、親子で平和について語り合える合唱構成として(作詞・清水則雄 作曲・藤村記一郎)1986年名古屋での初演以来、全国各地で演奏され続けています。
戦争が激しくなると、危険な動物は殺すようにという命令が軍から下ります。ツキノワグマはえさがもらえると立ち上がったところを撃たれてしまう。そのシーンは、とくにつらくて泣きながら描きました。わが子のように育てた動物たちを殺さなければならない戦争の怖さ。でも動物園の人が必死に守ってぞうが生き残った。戦後は、ぞうに逢いたくて列車に乗ってやってくる子どもたち。その笑顔に、平和と希望を込めて明るいトーンに仕上げました。
子供のころから絵が好きで、それを仕事にしたいと思っていました。美大を出てグッズメーカーに就職してもあきらめられずに夜間の絵本イラストの専門学校に通い、思い切って退職して25年。続けてこられたのは仕事仲間に恵まれたから。
新婦人の人たちなかで育ったので、おとなになったら新婦人に入るものだと思っていたんですよ。3年前、地域の若いママの交流の場になればと班をつくって。みんな働いているので、日程調整が難しいですが、ひな祭り会や、ピクニックに行ったりしています。
私たちは戦争を知らない世代ですが、母や祖母にとって戦争ってどういうものだったか、子どもたちに伝えたいという思いがあります。先日の夜、”ぞうれっしゃみようよ”カフェを開きました。1品持ち寄りで、パパも含めおとな11人(20代~50代)、生後3カ月から中学1年生8人が集まり、にぎやかでしたよ。
知らん顔していた男の子もDVDの子どもの歌声に、パッと振り向いて見たり、2歳くらいの子も真剣なまなざしでした。
子どもたちの喜ぶ顔を見られて、うれしかったです。仕事としてもかかわれて、感動ですね。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆11月26日号
『平和と希望を込めて 合唱構成「ぞうれっしゃがやってきた」のイラストを描いた山岡小麦さん』
合唱構成「ぞうれっしゃがやってきた」をもとに、イラストと歌でつづる動く絵本「ぞうれっしゃがやってきた」(DVD付き)が出版されました。制作に参加したイラストレーターの山岡小麦さんに聞きました。
娘が8歳のとき埼玉県川口市の「ぞうれっしゃ合唱団」に親子で参加したことがありました。今回イラストの依頼を受けたとき、「ぞうれっしゃ」を歌ったころの思いがよみがえってきました。
「ぞうれっしゃがやってきた」は原作者の小出隆司さんが小学校の教員時代に取材して教材用にまとめた、戦中、戦後の実話です。それを元に、親子で平和について語り合える合唱構成として(作詞・清水則雄 作曲・藤村記一郎)1986年名古屋での初演以来、全国各地で演奏され続けています。
戦争が激しくなると、危険な動物は殺すようにという命令が軍から下ります。ツキノワグマはえさがもらえると立ち上がったところを撃たれてしまう。そのシーンは、とくにつらくて泣きながら描きました。わが子のように育てた動物たちを殺さなければならない戦争の怖さ。でも動物園の人が必死に守ってぞうが生き残った。戦後は、ぞうに逢いたくて列車に乗ってやってくる子どもたち。その笑顔に、平和と希望を込めて明るいトーンに仕上げました。
子供のころから絵が好きで、それを仕事にしたいと思っていました。美大を出てグッズメーカーに就職してもあきらめられずに夜間の絵本イラストの専門学校に通い、思い切って退職して25年。続けてこられたのは仕事仲間に恵まれたから。
新婦人の人たちなかで育ったので、おとなになったら新婦人に入るものだと思っていたんですよ。3年前、地域の若いママの交流の場になればと班をつくって。みんな働いているので、日程調整が難しいですが、ひな祭り会や、ピクニックに行ったりしています。
私たちは戦争を知らない世代ですが、母や祖母にとって戦争ってどういうものだったか、子どもたちに伝えたいという思いがあります。先日の夜、”ぞうれっしゃみようよ”カフェを開きました。1品持ち寄りで、パパも含めおとな11人(20代~50代)、生後3カ月から中学1年生8人が集まり、にぎやかでしたよ。
知らん顔していた男の子もDVDの子どもの歌声に、パッと振り向いて見たり、2歳くらいの子も真剣なまなざしでした。
子どもたちの喜ぶ顔を見られて、うれしかったです。仕事としてもかかわれて、感動ですね。
2015年11月16日
『うそをつくのは心の‶SOS”思春期つながるよりそう(月1回連載)』
さあ、あっという間に11月も半ば。学芸会やらいろいろ予定がつまっていてとても忙しいです。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆11月19日号
『うそをつくのは心の‶SOS”思春期つながるよりそう(月1回連載)』
中2のYさんは児童養護施設から通っています。生まれてまもなく乳児院に引き取られ、それからずっと施設で育ちました。学校では、友だちの何気ない言葉や目線が気になったり、不安になることが多くあり、2年生になってから毎日保健室に来るようになりました。
保健室でのYさんは、何度もうそをついたり、気持ちとは正反対のことを言って試したり、わざと怒らせるようなことを言って関係を築こうとしました。私は信頼関係を結ぶのを最優先にし、Yさんのいいところを見つけ伝えることにしました。
「あいさつがしっかりできてとてもいいね」「頼んだことをすぐにやってくれて助かるよ」「掃除をとてもていねいにやっていてすごいね!」などたくさんのいい面を伝えると、「そうかな~?」と照れてうれしそうな表情をするようになりました。少しずつ距離が近づいたかなと感じていたとき、Yさんはが私にすぐばれてしまうようなうそを言いました。「確認すればすぐわかってしまうよ」と言うと、「いいよ!ほんとだもん!」と言って譲りません。私が確認して、やはりうそだとわかると、「うそをつかれると悲しいし、ショックだよ。Yさんのことを信用できなくなってしまう。私は信じたいよ」と想いを話しました。そして「どうしてうそをついてしまうのかな?」と聴いてみると「うちのこをと見てほしくて、やっちゃう」と本音をこぼしてくれました。
私はその言葉にハッとしました。「自分を見てほしくて言っていたんだね。気づいてあげられなくてごめん。これからは、Yさんが自分の気持ちを素直に言えるとこからやってみよう」と言うと「わかった」と答えてくれました。その後もうそをつくことを繰り返していますが、私が「Yさん、本当は?うそだったらそのあと‶冗談”って言ってくれるといいな」と言うと、「冗談!ほんとは〇〇だよ。ごめんね」と素直に自分の気持ちを言えるようにもなってきました。深く傷ついた心に寄り添うことのむつかしさを感じつつ、Yさんの心の奥にある‶ほんとはもっとこうなりたい”いう願いが引き出せるよう、理解していきたいと思います。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆11月19日号
『うそをつくのは心の‶SOS”思春期つながるよりそう(月1回連載)』
中2のYさんは児童養護施設から通っています。生まれてまもなく乳児院に引き取られ、それからずっと施設で育ちました。学校では、友だちの何気ない言葉や目線が気になったり、不安になることが多くあり、2年生になってから毎日保健室に来るようになりました。
保健室でのYさんは、何度もうそをついたり、気持ちとは正反対のことを言って試したり、わざと怒らせるようなことを言って関係を築こうとしました。私は信頼関係を結ぶのを最優先にし、Yさんのいいところを見つけ伝えることにしました。
「あいさつがしっかりできてとてもいいね」「頼んだことをすぐにやってくれて助かるよ」「掃除をとてもていねいにやっていてすごいね!」などたくさんのいい面を伝えると、「そうかな~?」と照れてうれしそうな表情をするようになりました。少しずつ距離が近づいたかなと感じていたとき、Yさんはが私にすぐばれてしまうようなうそを言いました。「確認すればすぐわかってしまうよ」と言うと、「いいよ!ほんとだもん!」と言って譲りません。私が確認して、やはりうそだとわかると、「うそをつかれると悲しいし、ショックだよ。Yさんのことを信用できなくなってしまう。私は信じたいよ」と想いを話しました。そして「どうしてうそをついてしまうのかな?」と聴いてみると「うちのこをと見てほしくて、やっちゃう」と本音をこぼしてくれました。
私はその言葉にハッとしました。「自分を見てほしくて言っていたんだね。気づいてあげられなくてごめん。これからは、Yさんが自分の気持ちを素直に言えるとこからやってみよう」と言うと「わかった」と答えてくれました。その後もうそをつくことを繰り返していますが、私が「Yさん、本当は?うそだったらそのあと‶冗談”って言ってくれるといいな」と言うと、「冗談!ほんとは〇〇だよ。ごめんね」と素直に自分の気持ちを言えるようにもなってきました。深く傷ついた心に寄り添うことのむつかしさを感じつつ、Yさんの心の奥にある‶ほんとはもっとこうなりたい”いう願いが引き出せるよう、理解していきたいと思います。
2015年11月13日
おしゃべりママ 11月報告
今日はおしゃべりママでした。いつものようにとりとめのない話もしたんだけど、昨日参加した子育て会議の話とかもちょいと混ざる。
豊橋の子育てを良くする会と言って保育園の保育士さん学童関係者などなどが現役も退職した人も含めて子育てについて話し合う会議。
私は一応新婦人代表と障害をもつ子の親の立場から参加。
そこで出た話題の一つなんだけど…
障害のある子のお母さんが上の子が通っている保育園に入れると楽観視してたら断られてしまった。
困ったお母さんの相談を子育てセンターかなんかの出張相談でたまたま受けたらしいんだけど、そこでは解決できなかったから、他を紹介したら、そこでも解決できずまた他を紹介したらしい。
フラッと訪れた臨時の場じゃ解決できないから、紹介したのに、他に回すんじゃなく、もっと筋道つけて欲しかったのにと嘆いていた。
結局気になって、再度連絡取ったりしてるみたいだけど…
何て言うかいつもそうなんだよね。
困っているお母さんがいて、困っている子がいて扉を叩いてるのにちょうど良い場所に行き着くまでに逃がしてしまう。
おしゃべりママの不登校の子を持つセンパイママと以前市役所の子育て支援課に話を聞きにいった時にも言ったんだけど、行政は確かに支援はしてくれる、ただねぇ…行政の支援って扉を軽く叩くだけじゃダメなのよね。
扉を叩いて、叩いて、叩き壊すぐらい叩かないと(-""-;)
でも困っているお母さんは何回も扉を叩く前に疲れてしまう。
叩いた手を救い上げるだけじゃなくて、引っ張りあげてレールに乗せて動き出すように押してやらないとね。
必要な支援にたどり着くまでが難しいんだよね。
これも別口で受けた相談だけど、発達障害の疑いのある子を持つお母さんの会ってある?って聞かれてね。
アスペルガー&学習障害の子の会は『アスペ・エルデの会』がある。知的ちゃんは『てをつなぐ育成会』不登校の子は不登校の子の相談窓口…所属が決まってると言うか、きちんと受け入れてからの会はある。
でも、入り口の段階でふわふわ困っているお母さん、普通級の中で孤立してるお母さんのよりどころは今はない気がする。
これも何かの時に、市にツッコンダ気がするが…まだまだ受け皿が足りないんだよね。
いろいろ考えちゃうわ。発達障害を診断する医師や訓練士の数も全然足りないし。
とりあえず、周りの声を拾いながら声を上げていくしかないか。課題は山積みだけど、頑張ろう。
次回のおしゃべりママは12月10日1時半新婦人事務所。
飛び入り大歓迎です\(^_^)/
豊橋の子育てを良くする会と言って保育園の保育士さん学童関係者などなどが現役も退職した人も含めて子育てについて話し合う会議。
私は一応新婦人代表と障害をもつ子の親の立場から参加。
そこで出た話題の一つなんだけど…
障害のある子のお母さんが上の子が通っている保育園に入れると楽観視してたら断られてしまった。
困ったお母さんの相談を子育てセンターかなんかの出張相談でたまたま受けたらしいんだけど、そこでは解決できなかったから、他を紹介したら、そこでも解決できずまた他を紹介したらしい。
フラッと訪れた臨時の場じゃ解決できないから、紹介したのに、他に回すんじゃなく、もっと筋道つけて欲しかったのにと嘆いていた。
結局気になって、再度連絡取ったりしてるみたいだけど…
何て言うかいつもそうなんだよね。
困っているお母さんがいて、困っている子がいて扉を叩いてるのにちょうど良い場所に行き着くまでに逃がしてしまう。
おしゃべりママの不登校の子を持つセンパイママと以前市役所の子育て支援課に話を聞きにいった時にも言ったんだけど、行政は確かに支援はしてくれる、ただねぇ…行政の支援って扉を軽く叩くだけじゃダメなのよね。
扉を叩いて、叩いて、叩き壊すぐらい叩かないと(-""-;)
でも困っているお母さんは何回も扉を叩く前に疲れてしまう。
叩いた手を救い上げるだけじゃなくて、引っ張りあげてレールに乗せて動き出すように押してやらないとね。
必要な支援にたどり着くまでが難しいんだよね。
これも別口で受けた相談だけど、発達障害の疑いのある子を持つお母さんの会ってある?って聞かれてね。
アスペルガー&学習障害の子の会は『アスペ・エルデの会』がある。知的ちゃんは『てをつなぐ育成会』不登校の子は不登校の子の相談窓口…所属が決まってると言うか、きちんと受け入れてからの会はある。
でも、入り口の段階でふわふわ困っているお母さん、普通級の中で孤立してるお母さんのよりどころは今はない気がする。
これも何かの時に、市にツッコンダ気がするが…まだまだ受け皿が足りないんだよね。
いろいろ考えちゃうわ。発達障害を診断する医師や訓練士の数も全然足りないし。
とりあえず、周りの声を拾いながら声を上げていくしかないか。課題は山積みだけど、頑張ろう。
次回のおしゃべりママは12月10日1時半新婦人事務所。
飛び入り大歓迎です\(^_^)/
2015年11月09日
『セクハラ最新事情―なぜ起きる、どう対処する―流行する「〇〇ハラスメント」 労働ジャーナリスト金子雅臣』
この頃新婦人豊橋支部に情報革命が!パソコンに詳しい会員さんが、今まで手書きで管理していた資料をパソコンに落としエクセルで情報管理ができるように…としている最中。普段の入力者として私がエクセルを教えてもらっているんだけど、魔法みたいで面白い。今までワードしか使ったことがなかったからなあ。裏技などを教えてもらっているんだけどなかなかパソコンに向かう時間が取れずごめんなさい状態。情報革命を起こして使いこなせるか?がんばれ私。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆11月12日号
『セクハラ最新事情―なぜ起きる、どう対処する―流行する「〇〇ハラスメント」 労働ジャーナリスト金子雅臣』
今、社会的にセクシュアルハラスメント以上に話題になっている言葉にパワーハラスメント(以下パワハラ)という言葉があります。一般的な受け止め方としては、「職場における行き過ぎた失跡」というような理解をされています。
職場における激しい叱責が原因でうつ病になり、自殺するという痛ましい事件も頻発しており、社会問題化することが多くなってきています。最近では粉飾決算などが問題になっている東芝での売り上げ目標達成に向けての日常化していたパワハラが話題になりました。
パワハラにかぎらず、すでにこの連載で取り上げてきたマタハラやパタハラだけではなくスメハラ(臭いによるもの)、スモークハラスメント(タバコによるもの)、ドクハラ(医師=ドクターによるもの)など、さまざまな現象を取り上げて「〇〇ハラスメント」というような言い方がされることが。多くなっています。
こんな現象に「なんでもかんでもハラスメントか」疑問を感じる人も多いかと思いますが、「嫌なことはイヤ」と表現するための手段だと思えば、まさに時代を象徴する言葉といえるのかもしれません。
こうした流行は、立場などが絡むと「嫌なことはイヤ」とはなかなか言えない日本社会ではむしろ歓迎すべき傾向なのかもしれません。前途のパワーハラスメントは、そうした意味で、これまではなかなか言えなかった上司からの厳しい叱責への部下からの抗議を表現する言葉として好感をもって迎えられているようです。
上司から部下への行き過ぎた指導・教育、人格を否定するような言動もこれまでは熱血指導などと言われて、時には奨励されてきました。しかし、近年の大相撲の”かわいがり”などという指導による業務上過失致死事件や、柔道における”体罰”が”行き過ぎた指導”として問題になってきました。
うつになるまで追い込む指導や、たとえ業務上であれ、殺人事件を起こすような教育が熱血指導などと言われている企業の職場環境が、当たり前であるはずがありません。そうしたやり方や考え方に一石を投じる言葉がパワーハラスメントという言葉です。
現代どこの職場でも共通する傾向として、仕事が増えて、スピードが上がり、ミスは許されないという特徴があります。そんな異常ともいえる企業競争のなかで働かされることで話題になってきたのがパワーハラスメントという言葉です。
非正規で働く人たちの劣悪な職場環境がさまざまに問題化してきていますが、そのことととの対比で正社員たちの猛烈働き(雇用を守るための)が「ブッラク企業」などとして問題化しています。死ぬほど働かされる正社員たちの悲鳴がパワーハラスメントという言葉を日常化させ、流行させているという現実を改めて見直す必要があります。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆11月12日号
『セクハラ最新事情―なぜ起きる、どう対処する―流行する「〇〇ハラスメント」 労働ジャーナリスト金子雅臣』
今、社会的にセクシュアルハラスメント以上に話題になっている言葉にパワーハラスメント(以下パワハラ)という言葉があります。一般的な受け止め方としては、「職場における行き過ぎた失跡」というような理解をされています。
職場における激しい叱責が原因でうつ病になり、自殺するという痛ましい事件も頻発しており、社会問題化することが多くなってきています。最近では粉飾決算などが問題になっている東芝での売り上げ目標達成に向けての日常化していたパワハラが話題になりました。
パワハラにかぎらず、すでにこの連載で取り上げてきたマタハラやパタハラだけではなくスメハラ(臭いによるもの)、スモークハラスメント(タバコによるもの)、ドクハラ(医師=ドクターによるもの)など、さまざまな現象を取り上げて「〇〇ハラスメント」というような言い方がされることが。多くなっています。
こんな現象に「なんでもかんでもハラスメントか」疑問を感じる人も多いかと思いますが、「嫌なことはイヤ」と表現するための手段だと思えば、まさに時代を象徴する言葉といえるのかもしれません。
こうした流行は、立場などが絡むと「嫌なことはイヤ」とはなかなか言えない日本社会ではむしろ歓迎すべき傾向なのかもしれません。前途のパワーハラスメントは、そうした意味で、これまではなかなか言えなかった上司からの厳しい叱責への部下からの抗議を表現する言葉として好感をもって迎えられているようです。
上司から部下への行き過ぎた指導・教育、人格を否定するような言動もこれまでは熱血指導などと言われて、時には奨励されてきました。しかし、近年の大相撲の”かわいがり”などという指導による業務上過失致死事件や、柔道における”体罰”が”行き過ぎた指導”として問題になってきました。
うつになるまで追い込む指導や、たとえ業務上であれ、殺人事件を起こすような教育が熱血指導などと言われている企業の職場環境が、当たり前であるはずがありません。そうしたやり方や考え方に一石を投じる言葉がパワーハラスメントという言葉です。
現代どこの職場でも共通する傾向として、仕事が増えて、スピードが上がり、ミスは許されないという特徴があります。そんな異常ともいえる企業競争のなかで働かされることで話題になってきたのがパワーハラスメントという言葉です。
非正規で働く人たちの劣悪な職場環境がさまざまに問題化してきていますが、そのことととの対比で正社員たちの猛烈働き(雇用を守るための)が「ブッラク企業」などとして問題化しています。死ぬほど働かされる正社員たちの悲鳴がパワーハラスメントという言葉を日常化させ、流行させているという現実を改めて見直す必要があります。
2015年11月02日
『9割が「下流老人」に⁉つながって 声をあげ 変えよう』
11月に入って急に寒くなりました。すっかり風邪をひいてしまってぐずぐずしていますが、みんなは風邪は大丈夫かな?
新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆11月5日号
『9割が「下流老人」に⁉つながって 声をあげ 変えよう』
話題の新書『下流老人』(朝日新聞出版)の著者NPO法人ほっとプラス代表理事藤田孝典さんに聞く
「日本の高齢者の9割が下流化」--そんなショッキングな投げかけが話題になっています。『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』著者の藤田孝典さんに話を聞きました。
6月に本を出して、「明日は我が身」「恐怖を感じた」などの反響があり、16万部を普及、今も広がっています。「下流老人」という言葉がどこでも使われ話題になったのは、みんなが漠然と不安に思っていたことを、現場の実態から突きつけたということだと感じています。
「下流老人」とは、「生活保護基準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者」を意味する私の造語です。具体的には、「収入が著しく少ない」「十分な貯蓄がない」「頼れる人間がいない」という三つの「ない」の状態です。
私は年間300人の相談を受けていますが、半数が高齢者です。家賃滞納とか、畳や床が抜けているけれど修理できない、医療費が払えない、と毎日のように生活保護の窓口に付き添います。
ある75歳の女性は、夫が亡くなって8年ほどひとり暮らし。遺族年金と自分の年金で月12万円、都内で家賃7万円、5万円が生活費です。当然足りず800万円の預貯金を崩しながらの生活、節約しても年間100万円ぐらいは減ってしまう。いよいよ底をついてどうしようかと…。そういう相談が本当に多いのです。
現役時代に400万円程度の収入があり、そこそこの預貯金があっても、月10数万~20万円の年金だけでは暮らしていけない。病気や事故、介護、子どもがワーキングプアやひきこもりで親元に、熟年離婚、認知症でも周りに頼れる家族がいないなど、一つ二つの要素が重なっただけでも貧困に転がり落ちてしまうのです。
これまでは、家族がいたし、地域の助け合いもあったし、預貯金にしてもこんなに目減りするっていう時代は初めてで、予想外のことが次々起こったのが今の高齢者世代。娘・息子世代の50代、40代は、未婚率も高いし、非正規雇用率も高い。結婚して子どもがいれば教育費もかかる。だから、親のことは援助できないし、一緒に住むこともできないし、という状況です。
貧困におちいったのは計画的に暮らしてこなかった本人が悪い、自己責任だとされがちですが、そうではないのです。
日本は本当に異常な国で、先進諸国ではあたり前の、社会保障の基本になるような政策を何一つやっていません。最低保障年金制度はない、医療費の窓口負担ゼロもない…。
国民が一番お金を費やすのは、住宅費と教育費ですが、家賃補助制度がないのも日本くらいのもので、家賃補助や公営住宅の整備、たくさんある空き家を公営住宅にしていけばいいはずなんですが、それも手をつけていないのです。大学の学費もこれだけ高いのに全く対策をしていないどころかさらに上げようとしています。女子学生が学費のために風俗店で働きながら大学に行っている、こんな人権侵害を許している国は、先進諸国にはほかにありません。
政治の意思があればすぐ解決できることはいくらでもあります。経済大国第3位なんですから、予算の使い方の優先順位の問題です。
私は就職氷河期に大学に入り、将来がずっと不安でした。今の高齢者の姿を見ていたら希望は持てませんよね。子どもを産むのだってやめようかってなりますよ。「下流老人」は高齢者だけの問題ではなく、持続可能な社会をつくるためにも解決しなければいけません。
地域のよりどころとなり、暮らしの場から一つひとつ声をあげる新婦人のみなさんの活動はすばらしいと思います。下流化を防ぐうえで、「頼れる人がいる」ということが決定的に重要なんです。
相談支援の場で、貧しくても、友人同士で料理を持ち寄ったり、おしゃべりをしたり、楽しく暮らす場面に出会うことがあります。そういう高齢者は支援も比較的スムーズにすすみ、貧困におちいっても生命が脅かされる危険性は低い。高齢になればなるほど一人の時間を減らしていくことが大事だと思っています。さらに、楽しいことにプラスアルファで社会問題をいっしょに扱っていくような場所に身を投じてもらえるとありがたいなと思います。
阿部首相は「一億総老後崩壊」に対抗するかのように、「一億総活躍社会」を打ち出しました。ですが、もうすでにみんなが活躍活躍していて、それでもどうにもならないから老後崩壊が起こっているのに。さらに鞭打って何がでてくるのでしょう。女性施策も本当にひどい、子どもを産み、働けと言われても、いま家族の平均は2人ちょと、データ的にも頼れる根拠はありません。
貧困と格差を広げる施策一つひとつに異議申し立てをしていかないと、何事もなかったように通ってしまう。繰り返し声を上げざるを得ない、もはや民主主義の問題だと思います。
一人でできることは小さくても、団体の活動に参加し、会として声を上げていくことが大事だと思っています。人とつながり、いっしょに声をあげていきましょう。
新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆11月5日号
『9割が「下流老人」に⁉つながって 声をあげ 変えよう』
話題の新書『下流老人』(朝日新聞出版)の著者NPO法人ほっとプラス代表理事藤田孝典さんに聞く
「日本の高齢者の9割が下流化」--そんなショッキングな投げかけが話題になっています。『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』著者の藤田孝典さんに話を聞きました。
6月に本を出して、「明日は我が身」「恐怖を感じた」などの反響があり、16万部を普及、今も広がっています。「下流老人」という言葉がどこでも使われ話題になったのは、みんなが漠然と不安に思っていたことを、現場の実態から突きつけたということだと感じています。
「下流老人」とは、「生活保護基準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者」を意味する私の造語です。具体的には、「収入が著しく少ない」「十分な貯蓄がない」「頼れる人間がいない」という三つの「ない」の状態です。
私は年間300人の相談を受けていますが、半数が高齢者です。家賃滞納とか、畳や床が抜けているけれど修理できない、医療費が払えない、と毎日のように生活保護の窓口に付き添います。
ある75歳の女性は、夫が亡くなって8年ほどひとり暮らし。遺族年金と自分の年金で月12万円、都内で家賃7万円、5万円が生活費です。当然足りず800万円の預貯金を崩しながらの生活、節約しても年間100万円ぐらいは減ってしまう。いよいよ底をついてどうしようかと…。そういう相談が本当に多いのです。
現役時代に400万円程度の収入があり、そこそこの預貯金があっても、月10数万~20万円の年金だけでは暮らしていけない。病気や事故、介護、子どもがワーキングプアやひきこもりで親元に、熟年離婚、認知症でも周りに頼れる家族がいないなど、一つ二つの要素が重なっただけでも貧困に転がり落ちてしまうのです。
これまでは、家族がいたし、地域の助け合いもあったし、預貯金にしてもこんなに目減りするっていう時代は初めてで、予想外のことが次々起こったのが今の高齢者世代。娘・息子世代の50代、40代は、未婚率も高いし、非正規雇用率も高い。結婚して子どもがいれば教育費もかかる。だから、親のことは援助できないし、一緒に住むこともできないし、という状況です。
貧困におちいったのは計画的に暮らしてこなかった本人が悪い、自己責任だとされがちですが、そうではないのです。
日本は本当に異常な国で、先進諸国ではあたり前の、社会保障の基本になるような政策を何一つやっていません。最低保障年金制度はない、医療費の窓口負担ゼロもない…。
国民が一番お金を費やすのは、住宅費と教育費ですが、家賃補助制度がないのも日本くらいのもので、家賃補助や公営住宅の整備、たくさんある空き家を公営住宅にしていけばいいはずなんですが、それも手をつけていないのです。大学の学費もこれだけ高いのに全く対策をしていないどころかさらに上げようとしています。女子学生が学費のために風俗店で働きながら大学に行っている、こんな人権侵害を許している国は、先進諸国にはほかにありません。
政治の意思があればすぐ解決できることはいくらでもあります。経済大国第3位なんですから、予算の使い方の優先順位の問題です。
私は就職氷河期に大学に入り、将来がずっと不安でした。今の高齢者の姿を見ていたら希望は持てませんよね。子どもを産むのだってやめようかってなりますよ。「下流老人」は高齢者だけの問題ではなく、持続可能な社会をつくるためにも解決しなければいけません。
地域のよりどころとなり、暮らしの場から一つひとつ声をあげる新婦人のみなさんの活動はすばらしいと思います。下流化を防ぐうえで、「頼れる人がいる」ということが決定的に重要なんです。
相談支援の場で、貧しくても、友人同士で料理を持ち寄ったり、おしゃべりをしたり、楽しく暮らす場面に出会うことがあります。そういう高齢者は支援も比較的スムーズにすすみ、貧困におちいっても生命が脅かされる危険性は低い。高齢になればなるほど一人の時間を減らしていくことが大事だと思っています。さらに、楽しいことにプラスアルファで社会問題をいっしょに扱っていくような場所に身を投じてもらえるとありがたいなと思います。
阿部首相は「一億総老後崩壊」に対抗するかのように、「一億総活躍社会」を打ち出しました。ですが、もうすでにみんなが活躍活躍していて、それでもどうにもならないから老後崩壊が起こっているのに。さらに鞭打って何がでてくるのでしょう。女性施策も本当にひどい、子どもを産み、働けと言われても、いま家族の平均は2人ちょと、データ的にも頼れる根拠はありません。
貧困と格差を広げる施策一つひとつに異議申し立てをしていかないと、何事もなかったように通ってしまう。繰り返し声を上げざるを得ない、もはや民主主義の問題だと思います。
一人でできることは小さくても、団体の活動に参加し、会として声を上げていくことが大事だと思っています。人とつながり、いっしょに声をあげていきましょう。