2019年09月02日
『人間と表現の追求 高畑勲展―日本のアニメーションに遺したもの』
今日から学校スタート。とりあえずそんなにぐずらずに学校に行けた。+会社にもだけど「会社行きたくないなあ…」とぐずる夫もいるので3人送り出すのも大変だけど、9月からもがんばるぞ!
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆9月5日号
『人間と表現の追求 高畑勲展―日本のアニメーションに遺したもの』
数々の名作アニメーションを残し、日本のアニメーション創生期を担ってきた高畑勲。初の回顧展『高畑勲展―日本のアニメーションに遺したもの』が東京国立近代美術館で開催中です。
『かぐや姫の物語』を思わせる色鮮やかな反物で飾られた入り口を入ると、まだ色のついていないキャラクターの下書きや絵コンテ、そして膨大な量の制作ノートや構想メモがずらりと並びます。展示されているのは、未公開も含めた1000点以上の資料。読んでいくと、アニメーションをつくるのにこれだけの見えない下地があるのだと驚かされます。
高畑勲は、24歳で東映動画(現・東映アニメーション)に入社、演出家としてのキャリアをスタートさせました。その後『アルプスの少女ハイジ』『母をたずねて三千里』などTV名作シリーズを演出、1985年には宮崎駿らとスタジオジブリ設立に参画し、『火垂るの墓』『平成狸合戦ぽんぽこ』『かぐや姫の物語』など2018年に82歳で亡くなるまでアニメーション映画の脚本・監督を務めました。
多くの分業で成り立っているアニメーションで、全体の構成やスケジュールを決めていくのが演出家の役割です。原作を深く読み込み、脚本や舞台設定を緻密に書いてスタッフと共有しました。展示された資料には、物語の歴史的背景や、主人公以外のキャラクターの性格づけもていねいに書かれ、何度も考え直された跡から模索が見てとれます。
美術や文学、音楽に対する造詣が深く、子ども向けと思われていたアニメーションに、人間としての深みやリアリティーを求めました。
例えば『太陽の王子ホルスの大冒険』(1968年)では、主人公ホルスを迷いの森へ誘い込む悪魔の妹ヒルダが、人間と暮らすなかで感じる、敵対することの苦悩を脚本に盛り込んでいます。「神話の中のわかりやすい悪役でいいのか」という葛藤を経て描かれたヒルダの顔は、美しさの中に揺れ動く心、寂しさや強さが伝わってきます。線や色数の限られたセル画でこのような表情を描くことは当時、画期的なことでした。
「日本人が日本人のアニメーションをつくるとはどういうことか」と考え続け、新たな表現の可能性を切り開いた高畑勲。『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994年)では都市開発が進み失われていった里山の自然を、映画『火垂るの墓』(1988年)では、戦争の中で二人きりで生きていかねばならなかった兄妹の悲劇を描きました。
戦争を体験した高畑は、スタッフに徹底的なリアルさを求めました。戦時中を描くにあたり、色をより現実に近づけるため既存にはない新色をつくりだしたといいます。同じ人物を場面によって何種類にも色分けしているセル画が、妥協しない仕事ぶりを物語っています。
会場には『アルプスの少女ハイジ』の世界を再現したジオラマや、鉛筆画が美しい動画となる『かぐや姫の物語』の一部も投影されています。家族連れの多いなか、学生や若い人たちが展示資料を食い入るように見ていました。高畑勲は、戦後の文化史に位置付けられる、総合芸術ともいえるアニメーションを確立しました。その思想や作品への強い思いにふれることのできる貴重な展示です。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆9月5日号
『人間と表現の追求 高畑勲展―日本のアニメーションに遺したもの』
数々の名作アニメーションを残し、日本のアニメーション創生期を担ってきた高畑勲。初の回顧展『高畑勲展―日本のアニメーションに遺したもの』が東京国立近代美術館で開催中です。
『かぐや姫の物語』を思わせる色鮮やかな反物で飾られた入り口を入ると、まだ色のついていないキャラクターの下書きや絵コンテ、そして膨大な量の制作ノートや構想メモがずらりと並びます。展示されているのは、未公開も含めた1000点以上の資料。読んでいくと、アニメーションをつくるのにこれだけの見えない下地があるのだと驚かされます。
高畑勲は、24歳で東映動画(現・東映アニメーション)に入社、演出家としてのキャリアをスタートさせました。その後『アルプスの少女ハイジ』『母をたずねて三千里』などTV名作シリーズを演出、1985年には宮崎駿らとスタジオジブリ設立に参画し、『火垂るの墓』『平成狸合戦ぽんぽこ』『かぐや姫の物語』など2018年に82歳で亡くなるまでアニメーション映画の脚本・監督を務めました。
多くの分業で成り立っているアニメーションで、全体の構成やスケジュールを決めていくのが演出家の役割です。原作を深く読み込み、脚本や舞台設定を緻密に書いてスタッフと共有しました。展示された資料には、物語の歴史的背景や、主人公以外のキャラクターの性格づけもていねいに書かれ、何度も考え直された跡から模索が見てとれます。
美術や文学、音楽に対する造詣が深く、子ども向けと思われていたアニメーションに、人間としての深みやリアリティーを求めました。
例えば『太陽の王子ホルスの大冒険』(1968年)では、主人公ホルスを迷いの森へ誘い込む悪魔の妹ヒルダが、人間と暮らすなかで感じる、敵対することの苦悩を脚本に盛り込んでいます。「神話の中のわかりやすい悪役でいいのか」という葛藤を経て描かれたヒルダの顔は、美しさの中に揺れ動く心、寂しさや強さが伝わってきます。線や色数の限られたセル画でこのような表情を描くことは当時、画期的なことでした。
「日本人が日本人のアニメーションをつくるとはどういうことか」と考え続け、新たな表現の可能性を切り開いた高畑勲。『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994年)では都市開発が進み失われていった里山の自然を、映画『火垂るの墓』(1988年)では、戦争の中で二人きりで生きていかねばならなかった兄妹の悲劇を描きました。
戦争を体験した高畑は、スタッフに徹底的なリアルさを求めました。戦時中を描くにあたり、色をより現実に近づけるため既存にはない新色をつくりだしたといいます。同じ人物を場面によって何種類にも色分けしているセル画が、妥協しない仕事ぶりを物語っています。
会場には『アルプスの少女ハイジ』の世界を再現したジオラマや、鉛筆画が美しい動画となる『かぐや姫の物語』の一部も投影されています。家族連れの多いなか、学生や若い人たちが展示資料を食い入るように見ていました。高畑勲は、戦後の文化史に位置付けられる、総合芸術ともいえるアニメーションを確立しました。その思想や作品への強い思いにふれることのできる貴重な展示です。