2012年02月20日
大阪の教育基本条例案 香山リカ、浅田次郎、私たちは反対です
今日は新婦人しんぶんに大阪教育基本条例案。小さな子がいる私と退職した元教師のお仲間の興味ある記事なので、仕分けしながら、つい話しか弾みました。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆2月23日号
「競争力ある子どもを」「国際社会で勝ち組に」と、地域政党「大阪維新の会」(代表・橋下徹大阪市長、幹事長、松井一郎大阪府知事)が提案している「教育基本条例案」に各界から疑問や反対の声があがっています。行政が教育に介入し、学校に命令と罰則を持ち込もうとする「条例案」って…?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『教育は、すぐに結果が出るわけではありません』香山リカさん
私は不登校やひきこもりなどの人と接して、子どものときに受けた教育、学校での問題がいろんな形で影を落としていると感じる機会が、思いのほか多くあります。
先生の一言が、その人を支えていることもあります。もしかしたら、その先生は、親から見て頼りないと思われていたかも知れません。一方、「よい教育」をすると評判の先生のもとで必死にがんばり、学力競争に勝ち抜いて企業戦士となってバリバリ働いた人が、かって受けた学力重視の詰め込み教育がトラウマになって、長きに渡って苦しんできた例もあります。
教育は、すぐに結果が出るわけではありません。見かけの学力やどこの学校に何人合格したかなど、目に見える結果はすげに出るかも知れません。しかし、その人の人生に与える結果は10年20年たって出てくることもあります。本人が意識していなくても、実は教育の影響だったということもあります。
「これぞ、よい教育」と思って一生懸命していても、負の影響を与えかねないことは、ある意味で恐ろしい面でもあります。逆にいえばその人を一生支えるようか宝物を与えるこてができる。教育にはすばらしい可能性もあると感じています。
そういうなかで条例案を見て、あっと驚きました。どうしてこんなことをするのだろうと。
教育が企業経験や現在の資本主義のいろいろなしくみと同じ次元で語られ、同じような基準で評価を受けようとしている。企業の売り上げのように、だれの目から見てもわかりやすいものさしで判定される。そうすると、そのものさしで「よい先生」「悪い先生」も決められてしまいます。
「保護者はよりよい教育に貢献する」と保護者に義務を課していますが、それは条例案をつくった人たちが考える「よりよい教育」であって「教育を保護者や生徒に取り戻す」ことては、掛け離れていると思います。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『思想・信条への罰則は「弾圧」です』浅田次郎さん
日本ペンクラブは昨年9月、「私たちは大阪府教育・職員基本条例案に反対します」という声明を出しました。
橋下さんにはご理解いただけなかったようですが、私たちは「日の丸・君が代」に敬意を表するか否かを論じているわけではなく、一人ひとりの思想・信条を尊重すべきだということを申し上げているのです。
ペンクラブの中でも国旗・国歌への思いは人それぞれです。それでも声明を出したのは、条例の力で個人の思想・信条に対して罰則を与えることが「弾圧」だからです。
私は「歴史を学ぶことは大切だ」と思っています。講演やシンポジウムなどで海外ね人たちと話す機会がよくあるのですが、彼らは自国の歴史に詳しい。子どもたちもよくしっています。
でも日本の人たちは明治以降の歴史にうとい。そういう意味では、日本の教育にも問題があります。かつての言論弾圧の事実や「日の丸君が代」の歴史などをきちんと学んでいればこうした条例はありえません。
先生たちも「立たない」「歌わない」のであれば、子どもたちにきちんと説明してほしい。別のことでも日頃から、意見を言い合っていいんだよ、お互いの話を聞きあいましょうという事を、教室でしてほしい。そうすれば、自ら考える子どもが育ちます。私個人は、どんな主張であれ、自分の考えを貫いている人を尊敬しています。橋下さんも「国政がこんな具合だから自分たちの力で変えたい」という立派な信念をお持ちですが、今回は勇み足ですね。弁の立つ人ほど、他の人の弁に耳を傾けてほしいものです。それが民主主義をの基本でしょう。
今、本当に大切な時期だと思います。この条例案を不自然だと思う人がたくさんいるのだから、これは議論しなければ、ウソです。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆2月23日号
「競争力ある子どもを」「国際社会で勝ち組に」と、地域政党「大阪維新の会」(代表・橋下徹大阪市長、幹事長、松井一郎大阪府知事)が提案している「教育基本条例案」に各界から疑問や反対の声があがっています。行政が教育に介入し、学校に命令と罰則を持ち込もうとする「条例案」って…?
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『教育は、すぐに結果が出るわけではありません』香山リカさん
私は不登校やひきこもりなどの人と接して、子どものときに受けた教育、学校での問題がいろんな形で影を落としていると感じる機会が、思いのほか多くあります。
先生の一言が、その人を支えていることもあります。もしかしたら、その先生は、親から見て頼りないと思われていたかも知れません。一方、「よい教育」をすると評判の先生のもとで必死にがんばり、学力競争に勝ち抜いて企業戦士となってバリバリ働いた人が、かって受けた学力重視の詰め込み教育がトラウマになって、長きに渡って苦しんできた例もあります。
教育は、すぐに結果が出るわけではありません。見かけの学力やどこの学校に何人合格したかなど、目に見える結果はすげに出るかも知れません。しかし、その人の人生に与える結果は10年20年たって出てくることもあります。本人が意識していなくても、実は教育の影響だったということもあります。
「これぞ、よい教育」と思って一生懸命していても、負の影響を与えかねないことは、ある意味で恐ろしい面でもあります。逆にいえばその人を一生支えるようか宝物を与えるこてができる。教育にはすばらしい可能性もあると感じています。
そういうなかで条例案を見て、あっと驚きました。どうしてこんなことをするのだろうと。
教育が企業経験や現在の資本主義のいろいろなしくみと同じ次元で語られ、同じような基準で評価を受けようとしている。企業の売り上げのように、だれの目から見てもわかりやすいものさしで判定される。そうすると、そのものさしで「よい先生」「悪い先生」も決められてしまいます。
「保護者はよりよい教育に貢献する」と保護者に義務を課していますが、それは条例案をつくった人たちが考える「よりよい教育」であって「教育を保護者や生徒に取り戻す」ことては、掛け離れていると思います。
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『思想・信条への罰則は「弾圧」です』浅田次郎さん
日本ペンクラブは昨年9月、「私たちは大阪府教育・職員基本条例案に反対します」という声明を出しました。
橋下さんにはご理解いただけなかったようですが、私たちは「日の丸・君が代」に敬意を表するか否かを論じているわけではなく、一人ひとりの思想・信条を尊重すべきだということを申し上げているのです。
ペンクラブの中でも国旗・国歌への思いは人それぞれです。それでも声明を出したのは、条例の力で個人の思想・信条に対して罰則を与えることが「弾圧」だからです。
私は「歴史を学ぶことは大切だ」と思っています。講演やシンポジウムなどで海外ね人たちと話す機会がよくあるのですが、彼らは自国の歴史に詳しい。子どもたちもよくしっています。
でも日本の人たちは明治以降の歴史にうとい。そういう意味では、日本の教育にも問題があります。かつての言論弾圧の事実や「日の丸君が代」の歴史などをきちんと学んでいればこうした条例はありえません。
先生たちも「立たない」「歌わない」のであれば、子どもたちにきちんと説明してほしい。別のことでも日頃から、意見を言い合っていいんだよ、お互いの話を聞きあいましょうという事を、教室でしてほしい。そうすれば、自ら考える子どもが育ちます。私個人は、どんな主張であれ、自分の考えを貫いている人を尊敬しています。橋下さんも「国政がこんな具合だから自分たちの力で変えたい」という立派な信念をお持ちですが、今回は勇み足ですね。弁の立つ人ほど、他の人の弁に耳を傾けてほしいものです。それが民主主義をの基本でしょう。
今、本当に大切な時期だと思います。この条例案を不自然だと思う人がたくさんいるのだから、これは議論しなければ、ウソです。
Posted by つむたい at 23:03│Comments(0)
│新婦人しんぶん記事 子育て、暮らし、農業体験