2016年05月16日
『「体の性」と「心の性」②ジェンダーリー講座』
今日は、学校行きたくない病にかかった娘が学校お休み。どうしようか考えたけれど、一度お母さんの働く姿を見せとくのも良いかなと、しんぶん仕分けに助手として連れていきました。「まだこんなにあるの?終わる気がしんだけど…」「やっと終わったと思っても次の作業があるだら?」と始終ぶつぶつ言いっぱなしでした。それでも作業が終わり、なかなか役に立ったと言うと嬉しそうでした。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆5月19日号
『「体の性」と「心の性」②ジェンダーリー講座』
昨年あたりから、「アライ」という言葉を時々時耳や目にするようになりました。英語で綴れば「ally」-支援や同盟を意味することばで、レズビアンやゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーなどのセクシュアル・マイノリティー(少数派)の当事者ではないが、理解と共感を持ち、そのことを表明する人々を指します。
写真リングは5年ほど前、早稲田大学で教え子だった薬師美芳さん(現在は特定非営利活動法人「ReBit(リビット)理事)が企画したイベントに参加した折に配布されたものです。これを身につけることで「逆カミングアウト」(LGBTの当事者に、「私はあなたからカミングアウトされる用意がありますよ」と表明する)グッズであると説明を受けました。まだ「アライ」ということばが一般的でなかった時に、「逆にカミングアウト」とは見事な造語だなと感心しました。それ以後、ことあるごとにこのグッズを見つめたり、身につけたりして、自分はカミングアウトされて受容し、ともに状況を変えていく努力を惜しまない存在たり得ているか、問い直しています。
連載の2回目に「アライ」を取り上げたのは、「LGBT問題」の当事者を「誰」と考えるか、という大きな問題を投げかけたかったからです。LGBTであるがゆえにいわれなき差別を受けたり、社会的な不利益を被ることがあるとすれば、その状況を作っている当事者はセクシュアル・マジョリティー(多数派)の人々だということに自覚的になる必要があります。「アライ」であることを実践するというのは、LGBTの当事者に寄り添いつつ、問題を作り出しているのは自分たち自身であると認識して動きだしことです。
その一歩は「知る」ことから始まります。そして、「周りにはいない」のではなく、「カミングアウトしづらい状況があるのではないか」という発想の転換を試みることです。
この5月、薬師さんの後輩の下坂明さんが早大で「WASEDA LGBT ALLY WEEK」というイベントを試みます。私もアライとして、メッセージを寄せることで参加します。
今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆5月19日号
『「体の性」と「心の性」②ジェンダーリー講座』
昨年あたりから、「アライ」という言葉を時々時耳や目にするようになりました。英語で綴れば「ally」-支援や同盟を意味することばで、レズビアンやゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーなどのセクシュアル・マイノリティー(少数派)の当事者ではないが、理解と共感を持ち、そのことを表明する人々を指します。
写真リングは5年ほど前、早稲田大学で教え子だった薬師美芳さん(現在は特定非営利活動法人「ReBit(リビット)理事)が企画したイベントに参加した折に配布されたものです。これを身につけることで「逆カミングアウト」(LGBTの当事者に、「私はあなたからカミングアウトされる用意がありますよ」と表明する)グッズであると説明を受けました。まだ「アライ」ということばが一般的でなかった時に、「逆にカミングアウト」とは見事な造語だなと感心しました。それ以後、ことあるごとにこのグッズを見つめたり、身につけたりして、自分はカミングアウトされて受容し、ともに状況を変えていく努力を惜しまない存在たり得ているか、問い直しています。
連載の2回目に「アライ」を取り上げたのは、「LGBT問題」の当事者を「誰」と考えるか、という大きな問題を投げかけたかったからです。LGBTであるがゆえにいわれなき差別を受けたり、社会的な不利益を被ることがあるとすれば、その状況を作っている当事者はセクシュアル・マジョリティー(多数派)の人々だということに自覚的になる必要があります。「アライ」であることを実践するというのは、LGBTの当事者に寄り添いつつ、問題を作り出しているのは自分たち自身であると認識して動きだしことです。
その一歩は「知る」ことから始まります。そして、「周りにはいない」のではなく、「カミングアウトしづらい状況があるのではないか」という発想の転換を試みることです。
この5月、薬師さんの後輩の下坂明さんが早大で「WASEDA LGBT ALLY WEEK」というイベントを試みます。私もアライとして、メッセージを寄せることで参加します。