2015年06月01日

『戦争は絶対にやっちゃいけない 憲法9条は世界の宝です 俳優 宝田明さん』

 平和行進が5月31日に愛知入りし、今日も平和への思いを胸にたくさんの人が歩いています。

 今週の新婦人しんぶん☆勝手にピックアップ☆6月4日号

『戦争は絶対にやっちゃいけない 憲法9条は世界の宝です 俳優 宝田明さん』

 東宝のスターとして200本余の映画に出演し、ミュージカルの草分けとして、今も舞台、テレビ等多方面の活躍をする宝田明さん(81)。出演の合間をぬって各地の講演に出かけ、自身の戦争体験と憲法への思いを語っています。

 初主演映画は『ゴジラ』(54年)で、今年で俳優61年になります。私とゴジラは20歳違いながら、同級生、クラスメートみたいな感じですね。

 終戦後9年、第5福竜丸がビキニ環礁でアメリカの水爆実験によって被災する事件が起こりました。そのときに、核に対する恐怖を訴えるためにつくられたなが「ゴジラ」です。彼も水爆実験で被爆して、むくっと目が覚めてたまたま日本に上陸して人類に対する復讐を始めたというのがストーリーです。

 ところが映画では、そんなゴジラを化学兵器によって消し去ろうとする。私は当時完成した映画を試写室で見ながら、「人間ってなんて醜いんだろう」とわぁわぁ泣きました。監督の本多猪四朗さんをはじめ、制作、俳優もみんな戦争体験者。核兵器廃絶への強い願いが込められた、唯一の被爆国、日本だからこそできた映画ですね。

 安倍政権が、他国がおこす戦争に参加する‶集団的自衛権”の行使だ、憲法解釈の変更だと突き進んでいるなか、「戦争は絶対やっちゃいけない。憲法9条は世界の宝だ」と、今こそ声を大にして発していく時だと思っています。

 ”いつでも””どこでも”とどんどん枠を広げて、自衛隊がアメリカと手をたずさえて地球の裏側まで行って戦争に加担しようとしている。どう考えても憲法9条に違反します。命の尊厳はみんな同じなのに、戦争で命が奪われたとき誰がその責任をとるというのでしょうか?

 国民の代表である国会議員のほとんどが戦争を知らない世代。安倍さんにしても、戦争の悲劇を実際に目にしたり、海外にいて他国の軍隊の迫害や暴行を受けたことがない。戦争をあまりに軽く見ています。

 私は小学5年生の時に旧「満州」(中国東北部)のハルビンで終戦を迎え、その2年後に引き揚げてきました。

 私は役者であり、お客様にはいろんな考えの方がいますので、政治的な発言は控えてきました。でも、60歳を過ぎたころから自問するようになったんです。「おい、いつまでノンポリでいられるのかよ宝田よ」と。役者は後から身につけた職業、人間として何をいわなきゃいけないんだ、と。それからです、戦争体験を語っていこうと思いました。

 父は満州鉄道の技師で、私は旧「満州」の大都市ハルビンで不自由なく育ちました。

 学校でも軍事教練をしながら、「日本の北の防塁たらん」「大きくなったら関東軍に入って祖国を守る防波堤になるんだ」と、私も好むと好まざるとびかかわらず軍国少年の一人になっていました。

 そんな生活が一変したのは、1945(昭和20)年8月9日、ソ連軍が不可侵条約を破って、国境を越えて進行してからです。

 家財道具を略奪するために部屋に押し入ったソ連兵に、銃口を頬にあてられた時の恐怖。またハルビンからシベリアへ送られる関東軍の兵士の中に兄がいないか駅まで探しに行ったときには、見回りに来たソ連兵に腹を撃たれました。元軍医という方に、麻酔もないなか、裁ちバサミで傷口を切り開き銃弾を取り出してもらいましたが、そのときの激痛と人間の肉を切る音を私は忘れることができません。

 父は偉ぶらず現地の人たちとも仲良くしていましたが、結局は、技術者として植民地を作る最先端にいたわけです。

 第二次世界大戦では2000万人の尊い命が奪われました。人の命が軽んじられ、戦争に明け暮れた日本の歴史が、つい100年前にあった。そのことをきちんと教科書にも書き教えるべきです。

 いまだに、日本軍「慰安婦」は強制ではなかった、南京大虐殺はなかったなどと言う政治家がいることが信じられません。お隣の韓国、中国をはじめ、日本が侵略した国々の人たちは、日本の国民が反省し、子どもたちにも教えている姿をみて、初めて信頼を寄せてくれるのではないでしょうか。

 役者になったのは、演劇活動をしていた高校生のとき、出入りしていた写真屋さんに、東宝の受験をすすめられたのがきっかけです。

 当時は暮れには餅屋、日雇いもして働きながら学校に通っていました。血を売って学費の足しにしたこともありますよ。1回200ccで300円、少ない収入です。死んだ父母にも内緒にしていましたが、もう時効ですね。

 憲法を学んだのは、そんな高校生の時です。平和国家を築くために、自分に何ができるのか、日本が中国でしたことをきちんと謝り、日中の友好と平和のかけ橋になろうと考えました。役者になってもその気持ちは変わりません。

 その憲法の「改正」が本気でねらわれ、日本が戦後最大の岐路であることは確かです。絶対に戦争をおこしてはいけないと思う人たちは一番の権利、一票一票でその意思を示すときだと思います。

 戦争体験とその思いをテレビで申しましたら、いきなり司会者にさえぎられ「あれ?」と思うことがありました。

 ですがその後、「テレビ見てましたよ」など、空港や駅のホームでたくさんの人に励ましの言葉をいただき、あぁ、日本国民は賢明なんだなと逆に励まされました。

 日本の進路は、若者たちが選択していくのだと思います。ですがそれは、いわゆる10代、20代だけでなく、若者へつなげる世代も含め、僕たち戦中派が語り部となって経験や思いを伝えていく。祖父母から親、子へと語り継いでいけば、平和への思いは100年つなげます。それが責務だと考えまして、恥ずかしながら自分の人生をミュージカルにしたり、本を出したり、呼ばれれば各地に出向き発言しています。

 男性の暴走を食い止めるのは、強さとしなやかさを持つ 女性たちではないかと期待しています。女性たちはもっともっと政治的な発言を、自信をもって堂々としていってほしいと思っております。



Posted by つむたい at 17:49│Comments(0)
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